「光の道」とNTTの構造分離問題(補遺-1) - 松本徹三

2010年06月07日 10:00

前回の「まとめ」に対しても沢山のコメントを頂き、この問題に対する関心の深さを示すものと喜んでいます。しかし、私の申し上げていることが未だによくご理解頂けていない点や、私からもっと詳細にご説明すべきであった点も散見されましたので、今回、あらためて、下記を追加します。

1)議論のあり方(視座)の問題

2)「財産権侵害」の問題

3)分離された「アクセス回線会社」の経営の問題(「公社化反対」へのコメント)

4)技術問題(原則論の再整理と追加説明)

しかし、これを全部論じているとあまりに長くなるので、今日は最初の二項目のみとし、後の二項目は二日後に投稿します。これまでの議論とダブるところもありますが、今しばらくお付き合い下さい。


議論のあり方(視座)について

私が何度申し上げても、「それはソフトバンクの利益の為に言っているに違いない」と考えて、その先入観を最後まで変えようとしない方がいることは、誠に悲しい限りです。国策の問題を論じる時に、自分の会社の利益を守る為に議論していては、誰を説得することも出来ないことは分かっていますから、私はそんなことをして自分の時間を無駄にする積もりはありません。

しかし、実際に国の情報通信のあり方について意見を言うには、それだけの知識と経験がなければならず、僭越ながら、我々のように毎日情報通信事業に従事している人間以上に知識と経験のある人達は、そんなに多くはないと思います。ですから、「政治家や官僚、学識経験者で決めるから、利害関係者は黙っていろ」と言われても困るのです。また、政治家や官僚、学識経験者といえども、完全に中立かどうかも、疑問の残るところです。

ですから、先ずは「利害関係はあるが、知識と経験は普通の人達よりはるかに高い事業者の人間」に自由に討論させ、それを先入観なしに聞いた上で、「それが国民(ユーザー)の利益と相反していないかどうか」を、官僚や学識経験者がチェックするのが、第一ステップとしては一番よいと思います。

サービスの供給者である事業者と、そのサービスを買うユーザーの間に利益相反があるのは当然です。前者にとっては、値段は高ければ高いほどよく、後者にとっては、安ければ安いほどよいからです。しかし、競争環境下にある事業者は、何とかしてユーザーに自分達のサービスを選んで貰おうとしているわけですから、常にユーザーの利益を慮り、その観点から発言していなければならないのです。

「国策」は「ユーザーの視点」から決めなければならないというのも、これまた当然のことです。それが政治家や官僚の本来の仕事だからです。この事に異を唱える人はどこにもいないでしょう。

一方、ユーザーは、「競争市場で物を買う」日常の局面においては文字通り「王様」ですが、「国策」といったものに対しては物を言うすべがありません。従って、政治家、官僚、事業者、学識経験者の全てが、常に「ユーザーの視点」で物を言い、それによって自分の主張の正当性をアッピールする必要があるのです。

何度も繰り返しているように、アゴラ上では、私は当然その視点で議論をしているのですから、読者の皆様も、どうか、先入観に凝り固まった「勘繰り」レベルの「抽象的な議論」は差し控えて頂き、無駄のない議論が出来るようにして頂けるようお願いします。(「この点がユーザーの利害と反する」という「具体的な議論」なら一向に構いませんが…。)

先のコラムでも申し上げましたが、私は、アゴラ上では、「高速通信網が全国民に行きわたる方策」と「公正競争環境実現の方策」の2点のみに焦点を絞って議論しています。そこでは、「国民(ユーザー)の利益」と「私が勤める会社の利益」が合致すると考えているからです。利益が相反するところ、たとえば「自分の会社の利益を出来るだけ大きくする」という事に関連する問題は、初めから議論の対象から外しています。

「財産権侵害」の問題

池田先生は以前のアゴラで、下記のように論じられました。

「アメリカでは1996年法に基づくUNE(回線開放)規制を『財産権の侵害』とする訴訟をILEC(既存地域電気通信事業者)がたくさん起こし、最終的に連邦最高裁でFCCが敗訴しました。日本の裁判所は、アメリカの判例を踏襲する傾向が強いので、構造分離というもっと強い規制に反対する行政訴訟をNTTの経営者や株主が起こすと、総務省が負けるリスクが大きい。仮に政府が勝ったとしても、最高裁まで争えば10年以上かかり、判決が確定した頃には意味がなくなっているでしょう。

また、これに呼応して、「先進国ではこのようなケースでは『財産権の侵害』は半ば常識である」とまで言っているotg010085089のような方もおられます。

しかし、調べてみると、これは全く根拠のない「間違った議論」である事がすぐに分かりました。

先ず、米国の判例についての池田先生の言及についてですが、実際の最高裁判決ではFCCの主張は原則として認められていますから、全般的には「FCCの勝訴」と言ってもよいだろうというのが常識的な解釈です。

しかし、この判決が、「FCCには1996年電気通信法で規定された市内通信市場の開放の具体的計画や料金体系を決定する権限がある」としつつも、FCCの権限に異議を挟む一部の判事の意見も併記していることから、必ずしもFCCの「全面勝訴」とは言い切れないのも事実でしょう。池田先生はそのことをいっておられるのかもしれませんが、これを「FCCの敗訴」とまで言ってしまわれると、これは明らかに虚報であり、何も知らない多くの人をミスリードすることになるので、やはり訂正しておかれた方がよいかと存じます。

このことについて、私が参照したのは、総務省の情報通信政策研究所がまとめた「米国FCCの接続ルールの変遷とそのインパクトに関する調査研究」という文献であり、これはウェブで簡単に検索できます。(もし池田先生が独自に米国の文献を調べられ、「この報告書には事実誤認がある」と思われたのであれば、その旨総務省に申し入れられるべきです。)

ちなみに、この報告書の31ページの1行目には下記の記述がありますが、これが一番素直でフェアな「本判決の総括」であると考えます。

「1999年1月25日、連邦最高裁判所は、FCCの上訴に対する判決を下した。この判決では、FCCの主張が原則として認められると同時に、『1996年電気通信法の第251条(d)(2)に規定する必要性基準及び阻害性基準に照らした規則の策定』をFCCに命じたという点において、接続ルールの一つの転換点となった。」

さて、ここまでは、いわば瑣末なことであり、これからが本論です。

結論から先に言うなら、仮に総務省が「NTTの分離・分割が国益(ユーザーの利益を含む)の為に必要である」と判断し、これに対する与党の同意が得られた場合は、国会でNTT法の改正を議決した上で、これを執行することになります。そして、NTTの経営者あるいは株主が「財産権の侵害」を盾にこれに抵抗し、長期間にわたってその執行を妨げることは不可能です。

仮に、改正されたNTT法に基づく「会社分割命令」に対しNTTが従わなかった場合は、総務省は行政処分を行いますから、ここで、NTT東西あるいはその役員がこれを不服として、「改正NTT法は憲法29条で保障されている財産権を侵害するものであり、無効である」と主張して「行政処分取り消し」の訴訟を提起することは出来ます。(逆に言えば、こういうやり方でなければ、違憲訴訟を行う方法はないと思います。)

しかし、現実問題として、NTT東西、或いはその役員は、本当にこんな訴訟に踏み切るでしょうか?

先ず、彼等は、「あらゆる法案は、内閣法制局で合憲・適法が確認された上で閣議決定を経て国会に提出される」という事を当然知っています。こうして改正された新NTT法を違憲と論じることは、「内閣法制局の判断は誤りだった」として争うことですから、よほどの自信がなければ出来ないことです。

次に、NTT東西或いはその役員が、仮に蛮勇を奮って「行政処分取り消し訴訟」を行ったとしても、行政事件訴訟法25条により、「執行、又は手続の続行」自体には何の影響も与えることは出来ません。法律で「やれ」といわれたものはやらなければいけないのです。従って、合法的に牛歩戦術を行うことは出来ないのです。

なお、想像もできない事ではありますが、NTT東西がどうしても会社分割の手続を開始しない場合には、総務省は、現行NTT法10条の「NTT持株会社の取締役選任についての総務省の認可権限」を行使して、NTT持株会社の取締役を全取替えして、その新取締役にNTT東西の取締役を全取替えして貰うことになると思います。(持ち株会社の33.7%しか保有していない国が、NTT東西の取締役の全員解任を直接行うことは出来ませんが、こういう方法があるという事です。)

さて、このような瑣末な技術論以前の問題として、そもそも、「財産権」なるものは絶対的なものではなく、当然「公共の利益」の制約を受ける(憲法29条2項)ということが、この議論に参加される皆さんの間で、正しく理解されていなければなりません。「公正競争の確保のために必要である」という判断があれば、「事業者の財産権に合理的な範囲で制約を加えること」は当然可能なのです。

あの成田空港の土地強制収用でさえ、違憲・違法との司法判断は出ていない筈ですし、1990年にNTT分割論議が出てきて以来、NTT分割が違憲だという「珍説」はこれまでには聞いたことがありませんでした。もしこれが違憲だという考えが以前からあったのなら、平成8年2月29日に「日本電信電話株式会社の在り方についての答申」が出されたこと自体が不思議だと言うしかありません。

http://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/258151/www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/japanese/telecouncil/ntt/Council-NTT-j.html

ちなみに、この答申では、「再編各社間の相互参入をもたらす為には、各社が独立した経営意思によって活動し得る経営主体であることが不可欠であることから、各社間は資本的に独立させることが必要である。従って、再編各社間の再合併は認めない」ということが明言されています。

最後に、何人かの方から「株主代表訴訟」の可能性についての言及もありましたから、これについても念の為一言付け加えます。仮にNTT東西を「会社分割」の手法で分割することを想定した場合には、「会社分割」の決議はNTT東西の株主総会でなされることになりますが、そこに出席する株主はNTT持株会社1名のみです。この1名の株主が賛成してNTT東西は分割されるわけですが、この分割に対して株主代表訴訟を提起できるのはNTT持株会社のみですから、これはあり得ませんね。

なお、「株主代表訴訟」とうものについては、誤解のないよう一言説明しておきます。「株主代表訴訟」は、「取締役が不当なことをして会社に損害をかけた時に、株主が会社に代わって(会社を代表して)取締役に対して損害の賠償を請求する」という制度です。(本来は会社が取締役に対して提起するべき訴訟を株主が代わっておこなうことから、「株主代表訴訟」と呼ばれているわけです。)従って、勝訴した場合に損害賠償金を得るのは、株主ではなくて会社です。株主が会社やその取締役に対して損害賠償を請求したいのであれば、普通に「不法行為」を理由に損害賠償請求すればいいだけです。これは「株主代表訴訟」ではありません。

NTT持株会社の株主が、「NTT東西の分割によって損害をこうむった」として、国、又はNTT持株会社やNTT東西の取締役を相手取って民事訴訟を起こし、損害賠償を請求することは理論的には可能です。ここでも「改正NTT法の違憲性」が争点になるのでしょう。しかし、少なくともNTT持ち株会社やNTT東西の取締役は、国の命令に従って分割を執行しただけであり、善管義務違反を含め、不法行為がない事は明らかですから、何に怯える必要もありません。

説明に漏れがないようにする為には、このように長々と論じるしかありませんでしたが、率直に言ってこれは相当な負担でした。(読んでいただいた方にも申し訳なく思っています。)そもそもこの問題を提起した池田先生やその他の方が、あらかじめこの程度までは緻密に考えてくれていれば、このようなレベルの低い無駄な議論は避けられたわけですから、若干は恨めしく思います。また、NTTの現役の役員の方が、「そんな馬鹿なことはしませんからご心配なく」と一言言って頂いていれば、それでも済んだわけですから、今後は出来ればそのようにお願いしたいものです。

そもそも、肝心のNTTの方々が、ネット時代の潮流に背を向けて、一向にブログやツイッター上の議論に参画して頂けないことも、如何にも残念です。

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