「アクセス回線会社」の社長は誰か - 池田信夫

池田 信夫

松本さんの記事には不可解な点が多いのですが、まず私のFCCとILECの訴訟についての記事が「全く根拠のない間違った議論」であるという主張が誤りであることを指摘しておきます。

松本さんが引用しておられるのは1999年の第1次接続ルールについての連邦最高裁判決ですが、これはUNE訴訟の中間点にすぎない。一般に最終決着とみられているのは、2004年3月にDC連邦控訴裁判所の出したUSTA 2判決と呼ばれるもので、FCCが上告しなかったため敗訴が確定し、FCCはこれに従ってUNE規制を事実上、撤廃しました。これは情報通信政策研究所の報告書の61ページ以下にも書かれている通りです。


それはともかく、訴訟がどうこう以前に、ソフトバンクの「アクセス回線会社」案は根幹のところでおかしい。23ページには「NTT株主」の下にアクセス回線会社が描かれていますが、これはどういうことでしょうか。「株主価値の向上」と書いてあるので連結子会社とも考えられますが、図で持株会社と別になっているところから考えると、特殊会社としてNTTグループから分離するのでしょう。

だとすると、これによって「株主価値が向上」するというのがわからない。これはNTTがアクセス回線会社の株式を公開し、両社の合計の株主価値が大きくなることとも解釈できますが、特殊会社の株式を公開することは常識ではありえない。政府の持株(33%)を分離するとするとも考えられますが、これでは分離された会社は「民営」ではなく国営企業です。

最大の問題は、前にも書いたようにアクセス回線会社を経営するのは誰かということです。孫正義社長は「アクセス回線会社に取締役の一員として参加するくらいの気持ちはある。KDDIの小野寺社長やNTTの三浦社長、イー・アクセスの千本会長などにも社外役員として参加してもらう」といっていますが、社長は誰がやるのでしょうか。また資本構成はどうなるのでしょうか。

経営主体が不明では、ソフトバンクの試算は意味がない。全世帯にFTTHを敷設するかどうかの判断は特殊会社の取締役会がするので、たとえ構造分離が実現しても、特殊会社の経営陣が「採算が取れない」と判断したら実現しない。経営者が赤字になると判断しても政府が実行を強制する特別法をつくるとして、実際に赤字が出た場合、誰が責任をとるのでしょうか。「税金は1円も投入しない」と約束したソフトバンクが補填するのでしょうか。

要するにソフトバンクの試算が意味をもつのは、彼らがNTTを買収して孫氏が経営判断する場合のみです。彼以外の経営者がアクセス回線会社を経営する場合には、新会社の株主はどうなるのか、議決権を誰がもつのかというガバナンスをはっきりさせ、NTT法をどう改正するのか具体的に規定しないと、ソフトバンクの案は検討に値しない。

コメント

  1. 松本徹三 より:

    後段のところ(「アクセス分離会社は誰が経営するのか」)については、今日の夕刻までに「光の道とNTTの構造分離問題(補遺ー2)」という記事を投稿させていただきますので、その中で回答します。頭脳明晰な池田先生が「不可解」と思われるような中途半端なことを私が論じるわけはありませんから、ご安心下さい。

    前段のところについては、当初の論調が「米国では『財産権の保護』が『政府の公共政策』に勝ち、今後は国が既存の通信会社のあり方に口を出すことは難しくなる」と言わんがばかりのものだったので、「それは違いますよ」ということを申し上げましたが、池田先生が引用されたのは「米国のCLEC対ILECのFTTH/FTTRのアンバンドリングをめぐるしのぎ合い」の話だったのだという事が今回分かりました。

    それならば、「そもそもCLECとかILECとはいうのは何なのか」ということから説明せねばならず、またアメリカと日本の違いについても語らなければなりません。アメリカでは巨人AT&Tの分割自体はとっくの昔に為されたのであって、この訴訟で争われた「アンバンドリング提供義務ルール」とは直接は何の関係もありませんが、多くの人達が誤解されるといけませんので、来週月曜日のアゴラで解説します。