「光の道」とNTTの構造分離論(補遺―3) - 松本徹三

2010年06月14日 10:00

議論がなかなか収束せず、ついに6回連続の投稿になりますが、これは大きい問題なので、止むを得ないのかもしれません。同じ議論の繰り返しのところもありますので、既にご理解いただいている方は飛ばし読みをしてください。双方向メディアの有難さで、回を重ねるに従い段々と論点が絞られてきているような気はしていますので、「堂々巡り」という事でもないでしょう。

今回は、「国の役割」と「民間の役割」という事に焦点を絞って議論します。(NTTは現状では純粋な「民間」とは言えないので、ちょっと複雑ではありますが…。)

何人かの人達が若干の違和感を持っているのは、「光の道」構想と「NTTの構造分離問題」がパッケージで語られていること。そして、この議論をソフトバンクという一民間企業の孫正義社長がリードしていることでしょう。(私自身は、アゴラ発足以前のもう二年以上前からこの問題を議論していますが、今となっては「孫社長の考えと自分の考えは全面的に一致している」と考えており、孫社長の議論の「脇を固めている」観があります。)


「光の道」は、「ICT立国(ICTによる経済の活性化、国際競争力の強化)」と、「地域格差の是正、国民生活の質の向上」を目標とした「国の政策提案」です。このことが先ず明確に認識されなければなりません。

「全国民へ」というスローガンは、利益を追求する民間の事業会社の立場からみれば、外してもらいたいのが本音でしょうが、国がそれを推進するという意志を固めた限りは、それに協力する義務があります。「そんなことに税金を使うべきではない」という議論も当然国民の一部にはあるでしょうが、「税負担がゼロ、またはきわめて小さい」ということになれば、反対論が勢いを増すことにはならないでしょう。

問題は、「光の道」の実現を考えていけば、嫌でも「NTTの組織は今のままでよいのか」という疑問に突き当たり、NTTの構造分離問題が「避けては通れない」問題となってくるという事です。この二つの問題はパッケージにならざるを得ない宿命にあるのです。

NTTの構造分離問題は、「第二臨調」以来「後送り」を繰り返してきた問題であり、原口総務大臣が就任早々に言われたように、米国などに比べれば、確かに「二週遅れ」の観すらあります。しかし、これは、いつかは決着をつけなければならない問題なのです。この問題に絞って執念を燃やしてきた人達にすれば、今回この問題が「光の道」とパッケージになったことは、不意打ちを食らったような感じでもあり、それ故に違和感もあるでしょう。しかし、私は、同じ立場にはあったものの、懸案のNTT問題が「国の将来を決める国家事業」の具体案の中で論じられることは、健全なことでもあるし、早期決着のために望ましいことでもあると考えています。

さて、「光の道」ですが、本来ならば、大臣の指示を受けた総務省やタスクフォースが鋭意「具体案」を検討すべきなのですが、「難しい」「時間がかかる」という議論が多く、タスクフォースの会議の席上に招かれたソフトバンクの孫社長の提案のみが、現状では

「唯一の具体案」となっています。

勿論、ソフトバンクの「具体案」が早々と出されたのには、ソフトバンクが以前からこの事を考えてきたという背景もあります。

少なくともソフトバンクには、「NTTのメタル回線を借り受けてADSL回線事業に進出し、大胆な低価格路線を打ち出して、日本のインターネットビジネスを一変させた」という実績があり、その過程で、NTTのインフラのコストについての相当の知識も得ています。また、光回線時代になると、NTTが一方的に決めたルールでは自ら回線事業は出来ない事が分かり、「迫り来る『圧倒的なトラフィック処理能力拡大の要請』にも手を拱いているしかないのか」という焦燥感も持って来ました。そういう事情が、今回の「具体案」の早期提出の背景であることは事実です。

しかし、ここで私が強く感じたのは、日本の社会全体を覆っている「保守的な体質」、つまり「抜本的な改革を恐れる体質」です。現在日本の産業・経済をリードしている人達、中でも「通信産業」を実質的に支配している人達には、未来に対する想像力が欠如しているというか、「未知の可能性に対して少年のように目を輝かす」ところが、最早見られません。少なくとも、若き日の松下幸之助のように、「水道哲学」に目覚め、自らそれを実践しようとするような人物は見当たらないのです。これが日本の社会が今直面している「閉塞感」の一つの原因なのかもしれません。

NTTが当初「光3000万回線構想」を打ち出したときには、そこには大きな夢と希望があったはずです。しかし、この構想は、現実には次々に縮小されてきています。「利活用が進まず、経済合理性が見られなくなってきた」というのがその理由でしょうが、更に深読みすれば、「この構想を本気で進めようと思えば、メタル回線の保守との二重構造を早期に解消せねばならず、その為には膨大な保守要員の雇用問題に手を付けなければならず、そんなことはとても出来ない」というのが本当の理由かもしれません。

池田先生は、「NTTですら計画を縮小しなければならなかった」とよく言われますが、私に言わせれば、「NTTだからこそ計画を縮小しなければならなかった」ということです。「国の将来を決める『国策』を遂行する為には、最早『組織防衛』を優先させるNTTのみに任せているわけにはいかない」ということが明らかになったと言ってもよいでしょう。「大胆な発想の転換を行い、これを国の力で強力に推進していく」ことが、どうしても必要であると。少なくとも私は強く考えるに至っています。

現在の日本では、何事によらず「国のやること」に対する不信感が強いことも事実です。利権と結びついた過去の「土建政策」に対するアレルギーが相当に強いからでしょう。しかし、「ミソもクソも一緒」では困ります。当然のことながら、「公共事業」には、「良い公共事業」「悪い公共事業」「普通の公共事業」があるのです。

ソフトバンクが提唱している「光の道」実現の具体案は、必ずしも「公共事業」にする必要はありません。本来なら、NTT自身が提唱して、自ら実現するのが理想的なのです。そうすれば、全ての手続き論は簡略化される一方で、現在のNTTの株主や従業員も恩恵を受けるはずなのです。

何故それが出来ないのか? ソフトバンクが投じた一石に対してNTTが沈黙を守っている現状では、これは「謎」というしかありません。恐らくは、「あまりに大胆な発想の転換に当惑している」というのが偽らざるところではないかと、私は考えています。「そんなこと言ったって、まさかなあ」という気持ちが強く、「具体的に可能性を検討してみようか」というところまでは、なかなか行かないのでしょう。誰だって、今のままで済むのなら、それが一番楽なのですから…。

しかし、一つだけ間違いない事は、NTTが何時までたっても自発的に代案を出さず、国(政府及び政権党)が一旦方針を決めたら、NTTはそれに従わざるを得ないという事です。英国には「男を女に変えること以外は、国会は如何なることも決めることが出来る」という言葉があるそうですが、国会でNTT法が改正されたら、NTTはそれに従わざるを得ないのです。

「どのような手順でそれを行うか」「分離された0種部門は、どういう会社形態によって運営されるべきか」といった問題については、そういうことに長けた官僚諸氏や法律家が考えてくれるでしょうが、或る程度の素案を提言することは、さして難しい問題ではありません。(別の機会に披露します。)

「NTTは憲法で保障された『財産権の侵害』を理由に国を提訴できる」という議論が一時ありましたが、これはまあ「見当外れなジョーク」の類でしょう。どなたかからのコメントにもありましたが、憲法上、「財産権」は当然「公共の利益」と天秤にかけられます。そうでなければ、早い話が、道路建設の為の土地収用等は一切不可能になってしまいます。かつて、アルジェリアの大統領が「一人でもそれに反対するものがいたら、橋はかけない」ということを言い、それが「民意重視」の象徴的な言葉になったことがありましたが、現実には誰もこのような考えをサポートしませんでした。

土地収用の場合は、「先祖代々の土地から離れたくない」とか、「ここから見る富士山が私の心の支えであり、これが見られなくなるのなら死んだほうがマシ」などという、個人的、心情的な要素を考えなければならないので、若干問題が複雑になります。しかし、NTTの場合は、NTTの存立自体がNTT法で律せられているのでから、純粋に「国民レベルでの経済的なメリットとデメリット」を天秤にかけるだけで済み、話は簡単です。そもそも、国民に経済的なメリットを与えないような政策を国は遂行しようとする筈はないので、裁判にまで進む可能性は限りなくゼロに近いでしょう。

最後に、枝葉末節の話になりますが、その時に話題になった米国のUNE訴訟のことについても、この際若干触れておきます。長くなりますので、ご興味のない方はスキップしてください。

この話は、米国FCCによる「アンバンドル提供義務ルール」に関する話であり、「NTTの構造分離」といった類の話とは全く別次元の話です。(米国ではAT&Tの構造分離はとっくの昔に行われています。)提訴したIELC側が「財産権」という言葉を使ったので、それがたまたま池田先生の想像力を掻き立てたのだと思いますが、後述するように、米国におけるIELC(既存地域通信事業者)と、アンバンドリングの恩恵を受けるCLEC(1990年代に入ってから新規参入した「競争的地域通信事業者」)との関係は、NTTと新規事業者との関係とは比べるべくもなく、「財産権」と天秤にかけられるべき「公共の利益」も、全く異なった次元のものになっています。

そもそも、大方の日本人にとっては、IELCとかCLECとかいう言葉自体が耳慣れないものでしょうから、先ずこの解説からやらねばなりません。

IELCはIncumbent Local Exchange Carrierの略で、AT&Tから分離・分割されたRBOC(Regional Bell Operating Company-当初は7社あったが、この時点では、Verizon、SBC、Bell South、Qwestの4社、その後、SBCとBell SouthはAT&Tと合併)と、1500社程度にも及ぶ従来からの零細な独立系地域電話会社の総称です。これに対しCLECは、「自前でアクセス回線や交換機を保有し、ILECとの相互接続によってエンド・ツー・エンドの通信サービスを行う」新規参入の事業者であり、US LEC Corp、XO、ICG等がその代表格ですが、日本人でこれらの会社を知っている人は殆どいないでしょう。

重要なことは、これ以外に、AT&T やSprintなどのXC(長距離通信事業者)や、Comcast、 Time Warner Cable、Cox CommunicationなどのCATV事業者があり、これらは、今回の議論の対象になったている連邦通信法第251条のアンバンドリング提供義務の対象外(他の条文で規制)だという事です。

確かに、この第251条のアンバンドリング提供義務については、1999年の第一次訴訟においてはFCCのほぼ全面的な勝訴になったものの、全体で二十数項目にも及ぶ提供義務の対象のうち、「オペレーター及び番号案内」についての提供義務が1999年の第二次訴訟で解除されたのを皮切りに、2003年の第三次訴訟では「ビジネス市場向けのタンデム交換機」、「大容量の局間中継伝送路や加入者回線」の提供義務が解除され、そして2004年の第4次訴訟では、マス市場向けの「市内交換網」や「FTTH」「FTTC」「ラインシェアリング」「ダークファイバー」「引き込み装置」が提供義務から外されました。(池田先生が参照されたのは、実はこの事だったのだということが今回分かりました。)

2004年と言えば今からもう6年前のことですが、そう言えば、この時点で、NTTは鬼の首を取ったようにこのことを喧伝したという記憶があります。しかし、これに対しては、KDDI総研の「米国のアンバンドル義務見直しの動向」と題する2005年1月付けの報告書が、完膚なきまでに反論しています。

http://www.kddi-rijp/pdf/KDDI-RA-200501-01.pdf  

この報告書が指摘しているように、旧AT&T系のRBOCについては、今回の議論の対象となった連邦通信法第251条だけではなく、同法第271条(長距離サービス参入の認可条件の規定)の定める「競争チェックリスト」に適合する義務が適用される構造になっています。ということは、例え第251条の定めるILECに対する義務が解除されたとしても、第271条に定める義務は引き続き負わねばならず、従って、アンバンドル義務そのものについては、何ら変わることはないのです。

また、第四次訴訟の判決文を読んでみると、FTTH やFTTCに対する義務の解除の理由としては、「敷設のコストがILEC(RBOCを除く)と CLECとの間では差がない事」、「光ケーブルの敷設は黎明期にあり、特別の配慮が必要である事」などが謳われており、日本の事情とは全く異なることが分かります。

事実関係は以上の如くですから、「全く異次元の問題に対する、全く異なる環境下での法解釈の事例」を、「財産権が国策の遂行に優先することが認められた事例」であるかの如く語り、ましてや、「この事は、米国での判例に倣う傾向のある日本にも影響を与え、NTTの分割論議は、NTTの『財産権』の壁に阻まれるだろう」という趣旨の池田先生の発言は、やはり撤回された方がよいかと思います。

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