ゆうパックの遅配問題に思う--池尾和人(@kazikeo)

池尾 和人

郵政改革の核心が、郵貯問題よりも、郵便事業の将来をどう構想するかにあることは以前にも指摘した。電子メール等の普及により、手紙や葉書の利用量は趨勢的に減少しており、郵便事業が対象としている市場は縮小している。こうした中で、郵便事業をどのようなかたちで存続させ、雇用をどのようにして維持(あるいは調整)していくかについての展望を示すものでない限り、郵政改革案というに値しない。

ただし、郵便物の市場に、手紙・葉書だけではなく、小包(パーセル、小荷物)も含めて考えるならば、やや見方は変わってくる(なお、郵政民営化以降、日本郵便の扱う小荷物は法制上は「小包郵便物」から「宅配便貨物」になった)。というのは、インターネットが普及し、電子商取引がいかに活発になっても、商品を物理的な意味で引き渡す必要はなくならないので、小荷物の取扱高は、減少しないどころか、むしろ増加していくと見込まれるからである。


したがって、小荷物を包含して考えるならば、郵便物市場には十分に成長する余地があるといえることになる。そうであれば、手紙・葉書から小荷物に業務の重心を移していくことで、郵便事業とその雇用を維持していくという展望を描くことも不可能ではない。

しかるに、日本郵政公社になる前の郵政省・郵政事業庁の時代には、小包の取り扱いに力を入れるどころ、その逆に冷遇してきたとさえいえる。このことは、国営時代の郵政事業には、経営「管理」はあっても、経営「戦略」は存在していなかったことを示している。その結果、日本郵政公社発足時における「ゆうパック」の宅配便市場におけるシェアは、10%をかなり下回るものでしかなかった。

ふつうの民間経営の観点からすると、シェアが10%を下回るような分野からは撤退するのが当然である。1位か2位になれるような分野に経営資源を集中し、それ以外の分野は手がけないのが、「選択と集中」の原則である。しかし、郵便事業の場合には、宅配便から撤退すると、衰退市場である手紙・葉書の類しか残っていないことになる。急速な規模の縮小を強いられることを回避するためには、宅配便からは撤退できない。

そこで、日本郵政公社は、ゆうパックのリニューアルを行い、ローソンをはじめとしたコンビニ・チェーンでのゆうパック受付の提携を実現するなど、ゆうパック事業の強化策に取り組むことになる。この頃から、日通のペリカン便との統合は、選択肢の1つとして検討されていた。しかし、たとえ統合しても、いわば「弱者連合」にしかならず、宅配便市場でのシェア拡大の決め手になるとまでは見込まれなかった。

宅配便のサービス内容は高度化しており、きめ細かい配達時間の指定や再配達などに対応するためには、1人のドライバーにかなり狭い地域を担当させる必要があり、そうしても採算が合うためには、かなりの取扱量があることが前提条件となる。その意味では、取扱量が増えるほどサービス内容を高度化させて競争力を高められるという面があり、「自然独占性」があるともいえる。

そうである以上、ヤマト運輸と佐川急便という上位2社に、ゆうパック単体のシェアで対抗することは不可能で、ゆうパック+ペリカン便の合計シェアでもまだ非力だとみられる。それでも他に選択肢はないということで、郵政民営化以後、日本郵政はペリカン便との事業統合を決定し、そのための受け皿会社として「JPエクスプレス」を設立する。そして、日通からペリカン便事業を譲り受けて、2009年4月1日からJPエクスプレスは事業を開始する。

ところが、西川・日本郵政社長と対立を深めていた当時の鳩山邦夫・総務大臣が認可を出さなかったために、引き続くゆうパック事業のJPエクスプレスへの統合は実現できないことになる。上記のようにゆうパックとペリカン便を統合しても非力であるので、総務省側が問題視したように、JPエクスプレスの事業収支の見通し等には不透明なところがあったと思われるが、だからといって総務省側に宅配便事業の将来に関する確かなビジョンがあったわけでもない。唯一の成長部門である宅配便事業が郵便事業会社から分離されると、郵便事業会社の先細りが加速化することになるという懸念があっただけである。

その後も総務省の認可が得られないことから、結局、JPエクスプレスは清算し、郵便事業会社にペリカン便を統合し、郵便事業会社においてゆうパック・ブランドの下に事業統合を行うことになった。そして、その事業統合が2010年7月1日から開始されたけれども、スタート直後から準備不足が露呈し、今回のゆうパックの遅配問題に至った。

この遅配問題という失態によって、宅配便市場でのシェア拡大はますます困難化し、郵便事業の将来展望はますます暗いものとなった。この帰結には、日本郵政の経営陣とともに、長年にわたる旧郵政省・現総務省の郵政行政における戦略不在にも大きな責任があると考えざるを得ない。

コメント

  1. 私は個人情報の保護という観点から郵便事業は公務員が行うのが良いと思います。公務員には守秘義務が課せられているからです。営利目的の民間企業に「住所」という個人情報を管理されるのは不安です。私は郵便局は,情報,お金,現物の全ての流れの要に位置する機関になりうると思います。http://d.hatena.ne.jp/jijitto19850726131431/20100608/1275993465

  2. izumihigashi より:

    郵便事業、とりわけ宅配便事業は官民の切磋琢磨がユーザーの利便性向上に繋がってきた実態があると思ってます。
    その中でも業界トップのヤマト運輸の頑張りは見逃せません。時間指定とかクール便とか、いつもヤマトが新規軸を打ち出して他社が後を追うと言った構図が出来ていました。
    この期に及んで郵便は公務員に任せないと不安だなどと思ってる人は、
    どれだけラガード民族なんだと問いたい。

    日本の運輸業者には郵政民営化を機に、世界で活躍して欲しいです。FedExやDHLと互して頑張ってほしいですね。

  3. octagonaltower より:

    コメントへのコメントですが。
    今どき個人情報を企業に管理されるのは不安だから公務員に頼みたいなんてことを言う人がいるとは心底驚きました。
    公務員である社会保険庁職員が年金記録の覗き見をやりまくってたことを知らないのでしょうか。
    そういう人は、自分の携帯電話の番号を民間企業に知られていることに不安は感じないのかな?
    「公務」だろうが「営利」だろうが、モラルのない人々が個人情報を取り扱えば、必ず問題は起きます。それだけです。

  4. 例えば,インターネット上で実名と電話番号などの個人情報を曝して情報をやりとりしている人はいませんが,それらの個人情報は日本国内に1000の単位で存在する民間のISPには筒抜けです。それらの中には「ブラック」企業が含まれていないという保証はありません。また「ブラック」でなくともISPは過当競争で倒産し闇社会に「顧客情報」を売りとばす可能性は否定はできません。また想像ですが民間の通信会社(の社員)が企業間の会話やメールなどの情報を盗聴し,インサイダー取引に使用しているかもしれません。米ソのスパイは今だに昔ながらの紙にあぶり出しの文字を使って暗号文をやりとりしているそうですが,それは通信はすべてモニターされていることが常識だからです。
    コメント欄の都合で「情報」に限らせていただきますが,「お金」や「現物」(小荷物)の流れにまつわる個人情報(年収,カード暗証番号,住所等)が闇社会に握られる可能性を不安に感じることが,それほど驚かれるとは,逆にたまげました。世の中,平和ボケというか,赤の他人をそれほど信用しきっている子山羊さんたちの家に,狼さんがお邪魔しないことをお祈りするばかりです。

  5. forcasa3 より:

    jit19850726131431さん

    大抵の人は「信用しきって」いるからではなく、単に利便性やコスト、セキュリティ等をトレードオフに掛けた結果として(公民に関わらず)事業者を選んでいるのではないでしょうか?例えばネットを利用する際も、怪しいサイトには近寄らないよう心掛けるのが精々で、webメールやSNSといったサービスを利用する際にわざわざその業者の経営状態まで確認するような人は極少数派だと思います。
    郵便事業の公営化についても反対です。そのような利益の薄い事業に公金をつぎ込まれるのは御免蒙りたいです。

    DPIを導入するくらいなら、ISPにはとっとと月額基本料を上げるなり従量制に戻るなりして貰いたいですね。

  6. hogeihantai より:

    個人情報の保護の点で営利の民間企業が信用できない人は国営の郵便サービスを使えば良いし、私の様にむしろ民間企業の方が信用できる人は民間企業を使えばよろしい。その場合、大切なことは、国営で効率が悪く、コスト競争力がなく赤字になっても、税金で補填しないことだ。宅急便の考案者であるヤマトの故小倉氏が生前主張しておられたが、郵便の宅配便は単体事業としては赤字で、独占の年賀葉書の黒字で補填している事を忘れてはならない。個人情報の保護を含め国の事業が民間の事業にサービスやコストでかなう訳がないのだ。

  7. bobby2009 より:

    >個人情報を企業に管理されるのは不安だから公務員に頼みたいなんてことを言う人がいるとは心底驚きました。

    私も驚きました。こういう事を平気で言える人がいるのは、日本に残る「後進性」の名残でしょうか。私が居住する香港では、急ぎの重要な書類などは民間のクーリエサービス(DHLやFedex等)を必ず使います。大手のクーリエサービスの方が郵便局より配送の管理が行き届いているし、安全だと思うからです。

    高校時代に、郵便局でバイトしていたクラスメイトから、あて先のわからない郵便物を捨てる職員がいるという話を聞きました。年賀状の季節には特に多いとか。DHLやFedexのスタッフが郵便局の公務員より保安上安全だという証拠があれば示して頂きたいものです。

  8. https://me.yahoo.co.jp/a/Lw3RE1VEUPSdFXEBETkjoQTnv2tI#54bbd より:

    octagonaltowerさん
    そこまで言っては、中傷にあたります。確かにおっしゃる通り、モラルがなければ、問題は起こります。
    Jit19850726131431さんが言いたかったのは、公務員であれば、いわゆる組織の信用失墜だけでなく、公務員規定による罰則・法による守秘義務違反問われるので、より抑止力があるといいたかっただけだと思いますよ。

    octagonaltowerさんのおっしゃる通り、(刑法があっても犯罪がなくならないのと同様)公務員だったら罪を犯さないということがないのは、事実が示している通りですが、かといって、(刑法の存在・刑法の効果をあざけるのが行き過ぎであるように、)公務員の守秘義務を、あざけるのは行き過ぎってものでしょう。

    octagonaltowerさんが最後にまとめている通り、公務員⇔民間にかわわらず、個人および組織のモラルの有無こそ、問うべきでしょう。
    腐った組織1例をみて、公務員の守秘義務をあざけるのでえは、舎弟企業をみて、民間企業は、すべて悪だといっているようなものです。行き過ぎってものでしょう。

  9. https://me.yahoo.co.jp/a/Lw3RE1VEUPSdFXEBETkjoQTnv2tI#54bbd より:

    ヤマトホールディングで5%ぐらいの営業利益率なので宅配自体はそう悪い商売ではないと思いますが、いかがでしょうか。

    郵便事業の方は、電話の普及によって、ユニバーサルサービスとしての重みが下がっているので(コストが見合うようにできるだけ)値上げすべき時期なのかもしれません。それでダメであれば、ユニバーサルサービス重視で公的に維持するか、郵便制度自体廃止すべきなのでしょう。

    そして、私は、民間企業でも採算が合う程度にまずは値上げべきだと思っています。値上げが反対ならば公的資金を入れるべき。
    公的資金は入れるな、値上げ反対、郵便制度がなくなるのは反対では、どこかの会社の社長に対するおねだりつぃったーやなんくせついったーみたいで、頭がおかしいと思われても仕方がないでしょう。私は郵便制度自体は維持すべき価値はあると思っています。それはノスタルジックな理由ではなく、郵便網が利用者のサービス網の広さのの基準になっていること、それに引っ張られて宅配会社のサービス網の整備の基準になっていること、宅配会社の敵愾心の対象となってサービス品質向上要因になっていることなど、よい副次的経済効果を認めているからである。それに物流はITや不動産(倉庫、配送基地)など乗数効果が大きい投資を大規模に行うので、その点でも大きな目標物があった方がよい

    ところで、宅配・郵便・運送は、規模がモノをいう事業領域だけに、退陣させられた旧経営陣が目指していた方向性はおそらく正しく、(亀井氏と違って)意味・目的が不明なままただ認可を遅らせた鳩山氏は、百害あって一利なしの存在だったといわれても仕方がない、彼は訴えられるべきぐらいのことをしたと私は思っています。(ヤマトホールディングであれば訴えていたでしょう)。今回のトラブルから学び、経営改革を図り、トラブルさえも糧に、ドイツポストのような成長企業になってほしいものである

  10. 公の良いところは,営利目的でないこと,事実上倒産しないこと,法律で守秘義務が課せられていることです。民の良いところは競争によってサービスが改善され安価になることです。しかし,競争というのは必ず勝者と敗者を生み出し,やがて強者の寡占状態となり新規参入を妨げ,サービスの改善が止まり,価格は高止まりするものです。民の寡占状態は公と大差なく「少し便利で少し安価」くらいです。むしろ問題なのは寡占に至るまでの競争期に,淘汰された企業の「顧客情報=個人情報」の行方です。「個人情報」というのは一度漏洩したら回収不能であり“放射性廃棄物”のように半永久的に個人の社会経済生活の安息を侵害し続けるでしょう。淘汰された企業から漏洩した「個人情報」は悪意を持った第三者に“合法的に”利用され続けるのです。個人情報を扱う産業において民を選択するということは,そうしたデメリットと引き換えに,少し便利で少し安価というメリットを取ることだと思います。

  11. https://me.yahoo.co.jp/a/Lw3RE1VEUPSdFXEBETkjoQTnv2tI#54bbd より:

    (DHLやFedexのスタッフが郵便局の公務員より保安上安全だという証拠については、論調からみてbobby2009さんご自身で示されてはいかがでしょか?)
    私は、ドイツポストDHLやFedexを数回しか使ったがありませんが、その際はトラブルはありませんでした。

    日本の宅配会社については、今年も通販で買った荷物を失くされており、通販の判断で返金&再購入をする羽目にあっています。
    職場で愚痴ったところ、運送会社でバイトをしたことがあるという後輩がいて、荷の扱いは荒っぽくトラブルはありうるとのこと。
    確かに破れているケースもあれば、届いていないのに関わらず届いていることにされたケースもあれば、複数の荷物があっても他にも荷物があると手で書き加えた不在票を1枚しか入れず結果受け取れない物が生じたこともある。着荷時刻を忘れたなんてかわいいもので指定日に届けないままお正月休みに入られたこともある。宅配BOXに入れてロックをかけ解除キーを失念されたこともあるし、入浴中に尋ねてこられてどんどん窓をたたかれた揚句覗かれたこともあります。これらは全て異なる民間会社です

    結局のところ公務員だから鼻っからダメだという論調に私は賛同しかねます。
    そんな基軸は意味はなく、個人および所属する小集団・組織のモラルと、それを維持する教育の質こそ問うべきだと思います。
    報道などにより刷り込まれた決めつけはよくないかと。

    なお、日本の公務員の場合、法的な義務があるのは事実なので、(刑法同様)守る守らないはあるにせよ、その事実については認めるべきかと。

    bobby2009さんの言いようは、jit19850726131431さんの言わんとしている上記の義務をスルーして嘲笑しているようにも読め残念に思いました。
    これを読んで腹を立てられているのではないかと思います。不愉快な思いをさせたことについて謝罪いたします

  12. forcasa3 より:

    モラルや罰則規定による情報漏えいの抑止効果ばかり議論されていますが、情報流出事故の大きな原因としてリテラシ不足も挙げられると思います。
    数十万件の遅配を引き起こしながら、「現場の準備不測が原因」などと嘯く経営陣がそう云った従業員個々のスキルや知識を重要視しているとはとても思えませんが・・・。