国際競争力の作り方 - 松本徹三

2010年07月26日 10:31

中国、インドを始めとするアジアの発展途上諸国の経済成長が目覚しい中で、日本には相変わらずの停滞感が漂っています。本来なら日本のお家芸だったはずのエレクトロニクス産業は韓国に押され気味で、大型プロジェクトの受注についても何となく元気がありません。そういうことから、色々なところで「国際競争力」談義が盛んですが、成る程と思うような提言は一向に出てきません。


しかし、考えてみると、日本はアジアの発展途上諸国に比べてこそ停滞感が否めないものの、欧米諸国に比べればそんなに心配する情況ではないのかもしれません。それが証拠に、ドルとユーロの極端な不振を尻目に、円は独歩高を続けています。日本の政治も経済も、何やらよく分からず、面白くもおかしくもないが、とにかく安定しているということなのでしょう。

成る程、国の財務バランスは最悪の状態でも、国民は勤勉で、貯蓄率が極めて高く、その上現状では消費税が極端に低いことから、「破綻を回避する手は幾らでもある筈」と考えられているのでしょう。蓄積された技術力の裾野は広く、一方では、社会全般と個々の産業分野を通じて、合理化の余地も相当にあるようですから、「これからのやり方一つで、国際競争力も向上できるだろう」と見られていているのかもしれません。

さて、私は、「国際競争力」というものは下記の四つの要素から成り立っていると考えています。

1)国民の基本的能力(「民族的な特性」と「教育によって取得される能力」)
2)国民の働く意欲(「社会の安定」と、「生活水準向上に対する期待感」)
3)労働装備率 (「高度な生産設備」と「高水準のITリテラシー」)

そして最後に、

4)「グローバル経済に対応できる経営能力」

です。

日本の現状を、この四つの要素についての充足度で計ってみると、「民族的な特性」「社会の安定」「生活水準向上に対する期待感」「生産設備」の四つについてはOKですが、現状では、「教育」「ITリテラシー」「経営能力」については疑問符が付くように思えます。

そして、疑問符が付いた三つの問題について共通していることは、「これまでのやり方を変えなければならない時期にきているのに、まだそれが出来ていない」という事ではないかと、私には思えます。つまり、時代は大きく変わりつつあるのに、決定権をもった人達の感覚が鈍いために、この変化に迅速に対応できていないということです。

幕末から明治維新にかけて、日本人は驚くべき柔軟性と集中力で迅速な西欧化を果たしました。ところが、一通りの西欧化(西欧文化の模倣)が終わると、その反動で「日本精神」への回帰が生まれ、それが行き過ぎて、国粋主義につながりました。終戦後も同じで、廃墟の中から驚くべきスピードで経済力を回復した日本人は、「日本的なやり方」について次第に自信過剰になり、世界の動きの中から孤立しがちになりました。

この様な分析をしていくと、少し大袈裟になるかもしれませんが、はるか昔の飛鳥時代から平安時代、更には鎌倉、室町時代に至る、日本史の変遷にも同様の傾向が見られるような気がします。聖徳太子等が朝鮮半島の百済を経由して中国の律令制度を取り入れて、国の基本を作り上げた後は、百済の滅亡と共に朝鮮半島との交流が少なくなり、日本独特の「王朝文化」が爛熟、さらにそれは、日本独特の「武家による支配体制」と「武家文化」へと移行して行きました。

つまり、これまでの歴史の中でも、日本が海外の体制に完全に飲み込まれてその一部となるということはついぞなく、海外からの刺激によって覚醒することはあっても、それを「日本化」した後は、常に「日本」と「海外」が対峙する形で、色々なことが考えられてきたように思えます。ここ数十年にわたって頻繁に使われるようになった「国際化」という言葉自体も、「日本」から見た「海外」を意識する言葉であり、「世界の一部である日本」という意識からは遠いように思われます。

ところが、現在の「経済のグローバル化」と「文化のグローバル化」は、もはや後戻りできない程に確固たる事象であり、日本人は今、「本当の意識改革」を求められていると私は考えています。これまで、善きにつけ悪しきにつけ日本を世界から隔離してきた「海」は、昨今の交通機関や通信の技術革新によって、殆ど意味のないものになりました。とりわけ、最近インターネットがもたらした変革は、全てに予想をはるかに超えるインパクトを与えようとしています。

今、私が危惧しているのは、日本人の多くが、未だにこの意味するところを完全には理解しておらず、多くのことが、これまでの感覚で、惰性によって動かされているように思われることです。

極めて単純な事実から先に言うと、現在色々な局面で日本人の国際競争力を殺いでいるのは、「国際言語(英語)」と「ITリテラシー」の両面での比較劣位であるように思われるのですが、このことに対する危機感も、肝心の日本人はあまり持っていないように思われます。

私は海外の会社との接点が比較的多いので、よく感じることなのですが、発展途上国でビジネスを動かしている人達には、年も若く、欧米流のやり方を身につけた人達が結構多いのに対し、日本では、世代交代が遅れがちで、これまでの「日本的なやり方」で今日の地位を築いてきた人達が、なお実権を握っていることが多いようです。そして、この人達は、総じて英語は不得意で、ITリテラシーも低いように思われます。

日本の実情を手っ取り早く理解する為に、日本と韓国の違いを見てみると、韓国では、海外で勉強した人や海外で仕事をしてきた人が、組織の中で実権を握っているケースが多いのに対し、日本では、そのような人達はむしろ本流から外れていることの方が多いように思えます。また、韓国では、未だに海外に出ることを希望する若い人達が多いのに対し、日本の若者には、むしろそれを忌避する傾向が強い様にも見受けられます。

私に言わせれば、日本の企業は口では「国際的な場で通用する幹部社員を育成したい」と言いながらも、実際には、その為に必要な手は何も打っていないかのような気がします。

かつて日本の大企業は、「国際化」の掛け声のもとに、優秀な若手社員や中堅社員を選抜して、米国の著名なビジネススクール等に送り込みました。しかし、こうして送り出された社員達の70%以上が、帰国後「海外で学んだこと」と「現実」との落差に失望して、会社を辞めているのが実態であると聞いています。

会社としては、優秀な社員を選び出し、この人達が稼ぎ出してくれたであろう利益を犠牲にしてまで、日常の仕事から彼等を外し、更に会社負担で渡航費や学費までもを負担した上に、結局は彼等を退職へと導いたわけなのですから、まさに「泣きっ面に蜂」もいいところだったでしょう。しかし、そういうことが現実に起こったのです。

このことを反面教師としての私の提言は、単純明快です。企業が本当に「国際ビジネスの現場で力を発揮できる人間が必要」と考えるのなら、若い人達自らが「その力をつけたい」と考えるに至るようなインセンティブを与え、後は彼等の自覚に任せればよいのです。具体的には、現在の「学卒の一斉採用」をやめ、年齢に関係のない採用枠を増やして、「海外の一流大学や大学院で取得した学位」や、「海外の企業での勤務実績」に高い評価を与える採用基準を、新たに設定すればよいのです。

また、入社試験においては、一定水準のITリテラシーをチェックする試験や、外国語によるティベートやロールプレイング・ゲームを取り入れた面接試験を行い、この試験の結果を、単に入社の合否を決める為だけでなく、どの等級での入社を認めるかにも使うべきです。

大手企業が一斉にこの様な方向へと採用方針や評価方針を切り替えれば、日本国内の大学等でも、教育方針を切り替えるところが続出するでしょう。学生数の減少に悩む私学は、企業から高い評価が受けられるように種々の工夫をして、「海外に留学せずとも、それに比肩し得るような能力が身につくシステム」を考案するでしょう。

各企業は、毎日骨身を削るような競争をしているのに、採用方針や人事方針になると、急に上品になるのは何故なのでしょうか?「旧態依然たる大学の教育方針」や「若者達の甘い人生観」にも特に注文をつけず、「教育は会社に入ってからでもよい」等と簡単に割り切ってしまっているのは、何故なのでしょうか? 

会社に入ってしまったら、人事部等がいくら気の利いたようなことを言っても、現場にはその余裕はなく、それぞれの部署のやり方で、その日から社員を酷使することになるでしょう。各企業のコストには関係のない「将来の社員の入社前の貴重な数年間」を、企業はもっと有効に活用しようとしても然るべきと思えてなりません。

勿論、こんなことは、幾つかの企業が今すぐに始めたとしても、その成果が出てくるのは5年も6年も経ってからのことでしょう。しかし、物事を始めるのには、いつであっても遅すぎるということはありません。それに、いつまでも始めなければ、いつになっても結果は出ません。

遠い歴史にまで遡って、大上段に振りかぶって議論を始めた割には、最後は極めて単純な低次元の話を「落ち」にしてしまいましたが、私は、「この様な現実的な提言こそが、実は今の日本に最も必要とされていることだ」と、信じて疑っておりません。現実に、発展途上国では、経営側の人達も若い人達も、極めて現実的で功利的です。彼等に後れを取らない為には、日本ももう少し現実的、功利的になるべきです。

追記:

このコラム記事を書き終えてから、「しまった」と思いました。アゴラの読者は私がソフトバンクモバイルの役員をしていることを知っていますから、必ず「あ、ソフトバンクはそういう採用方針を取るのですね?」と聞いてこられることでしょう。そうでないとなれば、「偉そうなことを言うのなら、先ず自分の会社でやってから言え」と言われるでしょう。

ところが、結論から先に言うと、今回の私の提言は、ソフトバンクモバイルのような「主として国内におけるサービスを行う会社」にはあまり当てはまらず、どちらかと言うと、自社製品の海外での販売や、海外での事業展開を主として行う会社向けのものです。また、社会的な影響力の大きい「経団連銘柄」の会社を念頭において提言をしたものです。

従って、今回の記事に限っていうなら、私がソフトバンクモバイルの役員であるという事実は、ひとまず忘れてお読み頂ければ幸いです。

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