新卒一括採用の是非 - 齊藤豊

2010年08月08日 10:11

グローバル化が進展し、日本企業の三大特徴の「終身雇用」、「メインバンク制」、「護送船団方式(官民一体)」が崩壊した今、新卒一括採用は不合理な雇用慣行であるが、日本企業の「人を育てるシステム」が未だに機能しているのは日本企業のアイデンティティの維持努力の表れであり、欧米企業や新興国企業に勝つにはこういった日本企業のアイデンティティが重要であることも間違いない。茂木氏と海老原氏の双方の主張はそれぞれ正しい、と考えられる。筆者はIT系企業を転々としながら20余年のサラリーマン人生を送り、今は大学専任教員として働いているので、企業、大学双方の立場は理解できる。


企業側が3年生秋から企業説明会を始めることは、新卒一括採用がなくなったとしても、そう簡単になくなるとは思えない。大多数の学生は大学を卒業すれば企業に職を求めるのであるから、少しでも自社に合った人材を採用したいという企業側の意思は、新卒一括採用がなくなり、随時募集になったところで変わらない。新たにインターン制度を設け、大学3年時の夏休みから囲い込みに入ることだって想像に難くない。

IBMなどアメリカの大手企業では優秀な人材を囲い込むためにインターン制度を設けて、夏休みなどの学業が休止している期間に働かせてお互いの相性をみている。(参照:2010/8/7)

これらのインターン制度は、大学の長期休暇期間に行われてはいるが、学業にまったく影響を与えていないとは言えない。たとえば、夏休みにインターンとして働くのであれば、前期の授業期間中にさまざまな打ち合わせや手続きが必要になり、インターン生となる個々の学生がそれぞれの都合で大学講義を犠牲にしてそれらの打ち合わせや手続きに奔走することになる。

また、新卒一括採用がなくなっても大卒者の就職率があがるわけではない。単に新卒採用実績という統計が消えるのみであり、就職できない学生は今と同じように存在する。統計が消えることにより「学生の就職率」という呪縛から逃れられるので大学にとっては好都合である、と思われるが、大学全入時代といわれる現在では、入学希望者が大学に求める項目の一つに就職率の高さがあることは変わらない。その是非はともかくとして、もはや大学が就職活動に力を入れることは大学経営にとって欠かすことのできない営業活動である、といえる。

よって、不用意に新卒一括採用をやめることは、現在以上に企業の青田買いが進む可能性があり、大学側は学業と就職活動の狭間から抜けられない状況が悪化する、という現状の改悪になりかねない。労働市場の流動性を確保しつつ、日本企業の組織内結束力を維持し、学業を優先させるには、80年代にあった就職活動協定を復活させ、大学4年時になるまでは企業説明会を実施しない、という過去への回帰が手っ取り早いとも考えられる。

しかしながら、過去への回帰が良いともいえない。筆者は地方の私大文系を卒業し、複数回の転職を経て大学教員となったが、履歴書には無職の期間もある。筆者が企業の人事担当者であれば、筆者の履歴書に間違いなく赤点を付けるだろう。だが、筆者はITバブルの上昇と共にIT業界を転々とし、役職と給与をあげてきた。それはひとえにIT業界は80年代から2001年までの間は景気がよく、人材が不足していたからに他ならない。

現在の新卒就職率が悪いのは景気の動向によるところが大きい。好景気になれば、新卒採用は旺盛になる、と思われる。現在のグローバル化のはるか以前から新卒就職市場には間違いなく市場原理が働いていた。ここ1-2年は過去最大の供給過多かもしれないが、今後、景気が回復した時には需要過多になり、就職率が上昇するかもしれない。そして、反対に景気回復時にも供給過多基調が続いた場合に新卒一括採用の是非、もしくは、そこから派生した大学教育の在り方、大学数の過多などの議論をすべきである、と考える。ここ1-2年の新卒就職状況だけをみて、新卒一括採用の是非を議論するのは早計である、と考える。

(大妻女子大学人間関係学部人間関係学科社会学専攻 准教授)

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