“急速な為替変動”の問題点  ―前田拓生

2010年08月27日 12:33

円高が止まらず、一時83円/ドル台にまで上昇しているにもかかわらず、政府・日銀は有効な政策を出せないまま、無為な時間が過ぎています。そのような中、小沢前幹事長が代表選に出馬することになり、日本列島は政局一色。株安により、市場からはメッセージが出ていますが、それを受け取れるだけの余裕が政府・日銀にはないようです。

前田拓生のTwitterブログ

そもそもこの円高は8/10の日銀金融政策決定会合に市場が期待していた「追加策」を出さず、「何もなし」という決定を出したことが大きな要因であり、その後の政府、特に菅首相の対応の不味さが、円高加速、および、株安を引き起こしたと言えます(これについては「今回の円高は日銀&政府の戦略的なミス」をご覧ください)。

そのため、市場としては政策実行の催促を行っているのですから、金融当局もそのメッセージをしっかり受け止めてほしいものです。というか、本来、金融当局は市場に対して「フォワードルッキング」な政策を打つべきであり、市場から催促されるような(バックワードな)政策ではダメといえます。とはいえ、日本の金融当局は市場からのメッセージには常に鈍く、ほとんど「市場との対話」が成立しない状態なので、せめて事後的にでも「何かやる」という姿勢を示すべきだと思います。

でなければ、この円高は大手の輸出企業だけでなく、それを支える中小企業、特により小さな企業にしわ寄せがくることになる(というか、すでに大きな影響が出ている)ので、一層深刻な景気悪化を招くことになるでしょう。

一部では「この程度の円高で騒ぐ必要がない」「実質でみた場合には、まだ、余裕がある」などのコメントがあり、政府・日銀への政策要請自体を「不要なこと」と考え、「円高に耐え得る経済構造に変えることこそ重要である」と唱える識者も存在します。確かに今の日本の経済構造は変えるべきであり、外需からの脱却も必要です。そのために安易な市場介入は問題でしょう。

しかし、今回の円高は大手輸出企業における想定レートのMax(大体90円/ドル)を超える円高です。となれば、企業として組織内で吸収できる範囲を超えた円高ということであり、ここからの円高はそのまま業績悪化につながることを意味します。そうした場合、コスト削減を考えざるを得ないことから、下請け企業に材料部品の値下げを要請することになるでしょう。そしてその要請は、さらに下に下にということで、より零細な企業に負担がかかることになるのです。

日本の企業数でみた場合、上場企業は0.1%(約4000社)であり、(統計の定義により若干異なりますが)大企業というように範囲を広げても1%(約4万社)に過ぎません。つまり、中小企業が99%を占めていることになります。すべてが輸出関係の企業ではありませんが、日本の経済構造上、多くの企業が何らかの輸出関係財に携わっているわけですから、大手輸出企業が想定している為替レートを上回る円高になっている場合には、今後の日本経済において大きな問題になることは明らかなのですから、政府等がそれに対処すべきなのは当然なのです。

また、「実質値ではまだまだ円高余地がある」というコメントにも誤解があるように思います。確かに実質為替レートでみた場合、現状の84円/ドルでも、まだ円安水準にあるというのは統計上からは算出されます。しかし、それは「企業の努力」があってのことであり、これが日本を支えていたのだという点を無視するのは問題です。

簡単化のため米国物価を一定として、日本の物価が過去A時点から現時点までに20%下落していたとします。この場合、名目為替がA時点で100円/ドルであったものが、現時点80円/ドルでも、実質的にいえば「同じ」ということになります。これをもって「80円/ドルでもまだまだ円高余地がある」という話が実質値からのアプローチなのです。

でも、これは良く考えてみれば、「A時点で売上が100円であっても、現時点では物価が下落したのだから80円の売上で問題はないはず」といっているのと同じです。しかし、現実問題としては、物価下落の折に「80円の売り上げで業績をキープする」には、それなりの企業努力と体質改善が必要になります。

為替の円高というのは、輸出企業にとって売上ベースの下落を意味します。それをカバーするためには「賃金を下げる」または「生産性を向上させる」ことが必要になります。戦後、一貫して円高傾向が続いているのですから、輸出企業はずっと生産性向上に努めているのであり、それゆえ、下請け企業はその厳しい要請に耐え、しかも、克服してきたわけです。だから、「技術大国」として世界的に認められ、グローバル展開が可能になっているわけです。

輸出企業およびその下請け企業にとって「為替レート」というのは、自分で云々できないものですから、経済的には外生変数(外から与えられる変数)と考えます。したがって、かなりの幅を持って業績計画を立てることになります。だから、幅のある「想定レート」というのがあるわけです。その「Maxを超えている」というのは、すなわち、「このままでは赤字になる」ということですから、当然、営利企業の場合には対処をせざるを得ません。となれば、上述の通り、下請け企業のシワ寄せがくることは避けられないのです(ある程度の期間があれば、企業の組織で吸収することが可能であっても、“急速”な変化では、企業組織では吸収できないので、下請け企業等に影響が出ることになります)。

「実質値では問題ないから、構造変化を促すためにも、金融当局は何もしない方がよい」という人々は、為替の変動によって最も痛みを受ける社会的に弱い部分(多くの中小企業)に対して「構造変化に対応できないから已むなし」といっているようなものです。

当然、「構造変化」は必要なのです。「規制緩和」や社会構造の変革などは、今すぐにでも行うべき課題です。ですが、構造変化のためにはいろいろなステップが必要なのであり、マーケットの変動である為替レートの急激な変化に「対応できない」からといって、結果として「そのような企業は不要」といってしまうようなことは問題だと思います。

特に、輸出企業およびその関連(の中小の)企業は、グローバルマーケットに耐え得るだけの技術と生産性を持ち合わせています。今、日本経済にとって問題なのは、非製造業の生産性の低さなのです。まぁ、いろいろな研究成果があるので、一概に「非製造業は生産性が低い」ともいえませんが、非製造業は製造業に比べて、企業間で生産性に大きな幅があることから、極めて低い業態も存在していると考えられるのであり、ここの底上げをはかることが日本経済の課題だと思います。

このような生産性が低い業態は、政府の保護等により守られていることが主因である場合が多いので、そこにこそ「規制緩和」が必要であり、その意味で構造変化を考えるべきなのです。そのような対策をせずに、または、ここを問題にせずに、「実質値では問題ない」ということで、民間企業では如何ともできない「(マーケットとして)容認できないような“急激な為替変動”」を放置したままにするのは疑問です。

誤解のないようにですが・・・

私は「円高」だから「何とかしろ」と言っているのではなく、輸出大手の想定レートを超える程の“急激な為替変動”に対しては「何らかの対処をする必要がある」と考えているだけです。そもそも日銀&政府の戦略的なミスなのだから、当然、その責任は取るべきしょう。現状、何もせずにマーケットに任せていて「円高進行が鈍る」ようには感じられません。そもそも対ドルであれば円高がセオリーであり、各国情勢を考慮すれば、円高スピードが速まる可能性さえあります。ここからの“急速”な円高は、その中小企業への波及も含めて、日本経済にとって大きなマイナスの影響をもたらす可能性が高いでしょう。

このような中で「党内の勢力争いをしている暇があるのか」を良く考えてもらいたいものです。

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