「殺人と死刑」― 千葉法務大臣の功績 - 北村隆司

2010年09月02日 13:08

落選後も続投が決まった千葉法務大臣は厳しい批判に晒されました。その批判の多くは、議席の有無と言うより、地方参政権の付与、従軍慰安婦、夫婦別姓問題などで保守派の怒りを買った事と「死刑廃止を推進する議員連盟」にも名を連ね、死刑制度についても慎重な姿勢を示して来た事の方が大きかった様に思えます。


その千葉法相が、議員任期満了の前日の7月24日に、自ら立会って死刑囚2人の刑執行を行ったと知り、自分の信念を簡単に変える事に落胆したものです。

処が、「裁判員裁判では国民が重い決断をする可能性があり、今後は裁判員が死刑判決を言い渡す局面も考えられることから、死刑囚がどのように最期を迎えるか公開することによって議論が活発化する事を期待する」として、刑場を報道陣に初めて公開する決断をしたと知り、千葉法相を見直しました。

死刑を巡っての世界の動きは、死刑廃止の方向に大きく動いており、EUはその加盟条件として死刑の撤廃を求める程で、旧東欧圏の国々も次々に死刑を廃止してEUに加盟申請している現状です。

目を米国に転ずると、全米50州の中でも37州が死刑を認めるなど、米国は日本と並んで死刑を認める先進国の中でも例外的な国家の一つです。

死刑を肯定する米国ですが、その是非を巡る論議は勿論、処刑法についての論議は活発に進められ、残酷と見做される処刑法は憲法違反として禁じられています。国民の80%近くが死刑制度を支持する日本ですが、絞首刑が適切な処刑制度であるか同化についての論議は全く聞かれない事も、他の先進国と大きく異なります。

最近の世界の流れが正し方向に向かっているか否かは別として、重大犯罪を犯した人間と言えども、命の尊厳を守り、不要な苦しみを受けない権利は持っているという考え方が主流となりつつある現在、日本もその論議に参加すべきではないでしょうか?

この様な論議を重ねた結果、米国で絞首刑を合法と認めている州はほぼ皆無で、最近は電気椅子やガス殺も残酷だとして禁止され、大半が薬注による安楽死を採用しています。イラクのフセイン元大統領が絞首刑にあった時、故意か偶然か、絞首される瞬間の映像が世界に流れ、その残酷さに私も思わず目を背けたものです。

処刑の公開、非公開も文明の発達と共に変化しました。現在では、中近東の一部や北朝鮮を除いて公開処刑は地球上から消えつつあります。処刑法でも斬首、焼殺、股裂き、撲殺, 石打ちなどは殆ど無くなり、絞首刑も日本を除く先進国からは消え去りました。

山一證券顧問弁護士夫人殺人事件で妻を殺害された岡村勲弁護士は、事件の後、死刑廃止論者から死刑肯定論者に変ると共に、被害者の人権も守られるべきだとして、刑事訴訟法を改正し被害者参加制度を盛り込む成果を挙げました。岡村弁護士は死刑についての立場を変えた理由を聞かれ「人間は何かがあって変る」とその動機を説明されましたが、岡村弁護士の悲劇を知る者には、誰でも納得出来る言葉です。

かと言って、死刑、臓器移植、ハンセン氏病患者問題、エイズや同性愛の問題など、人間の根源に拘る重要な問題が、事が起こるまで論議にならない日本の現状は深刻に考え直す必要があります。

米国では加害者の尊厳死を認めると同時に、被害者の権利も尊重し、処刑には被害者、加害者を問わず希望する家族や弁護士、宗教関係者などの立会いが認められています。公開処刑が否定される一方、完全非公開も否定されつつあるのが世界の流れです。

「死刑と殺人」の問題を論議する時、コロンビア大学ジャーナリズム大学院の故フレッド・フレンドリー教授(元CBS社長)が主宰した公開講座の「That Delicate Balance II : Our Bill Of Rights ? Criminal Justice : From Murder to Execution」と言う講義(略1時間)は大変勉強になります。特に、法科大学院の学生には是非共見て欲しいと思います。

意見の異なる論客が、名司会者に導かれて論議する様を聞いているうちに、似ても似つかぬ物と確信していた「殺人と死刑」の「意味の違い」が解らなくなる不思議な公開講義です。毎回の公開講座の後、フレンドリー教授が「一見全く異なる事でも、掘り下げると極めて微妙な違いしかない事が世の中には溢れている。米国憲法の冒頭にある『Bill of Rights』で、国民の権利を保障した米国の特徴は、国民がこの微妙な差を判断する権利と義務を定めた事であり、この講義は皆さんを結論に導く為の講義ではなく、何事も「デリケートバランス」の上に立っている事を認識した上、皆さんが国民の一人として結論を出す責任がある事を伝えたい事にあります」と言う締めくくりの言葉が印象に残る傑作のシリーズです。

千葉法務大臣の行動が、この様な論議を日本国人の間で深まるきっかけとなれば、千葉法務大臣は国民に立派な置き土産を置いて退任される歴史に残る法務大臣と言っても大袈裟でもありますまい。

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