菅さんの「雇用」連呼は虚しく感じる-大西 宏

大西 宏

民主党代表選が繰り広げられ、報道も代表選ジャックされ、いやがおうでも民主党に国民の視線は釘付けになります。
そのなかで気になるのは、菅さんの、「一に雇用、二に雇用、三に雇用」というスローガンです。それだけ「雇用」を連呼している割には、菅さんの発言からは、いまだに改善的な政策しか感じ取ることができず、また期待を感じるサプライズもなく残念です。正直言って、新鮮さを感じません。


漏れているかもしれませんが、菅さんの主張は、医療や介護にはニーズはあるものの、介護士の人たちの待遇が悪く、給与水準も低い。そのために、雇用が増えず、待遇を改善し給与水準をあげれば、雇用が増えるという主張が第一点。
第二点目は、中小企業での雇用の創出です。中小企業と人材のマッチングの改善をはかること、また新卒者支援策として、雇用した企業への奨励金支給を行うことが主な施策になるのだと思います。
第三点目は、これは中味が決まっていないせいか、あまり詳しくは語られなかったことですが、これまでの主張もあわせて推察すると、成長戦略とのリンクによる雇用創出です。LED(発光ダイオード)照明やリチウムイオン電池など、日本企業が競争力を持ち温室効果ガス削減にも役立つ産業の新工場立地を促す「国内投資促進プログラム」の策定を指しているものと思います。

第一点目の、医療・介護現場の就労条件の改善は必要だとしても、それはこれまでの政策でも進められてきたことであり、なにが違うのかが見えてきません。

第二点目の、中小企業と人材のマッチングや雇用への奨励金給付などは、中小企業の経営が伸びていれば効果的だとしても、いま問題なのは、中小企業の経営が痛んでおり、雇用を吸収するゆとりがないことです。緊急対策としてはありえても、それで雇用が大きく伸びると期待できる状況ではありません。

第三点目の、成長分野に投資を行ない、雇用を創出するというのはいいとしても、工場を増やすという発想が時代遅れなのです。環境分野などは、国際競争が激しく、国際競争に勝てるだけの産業を生み出すしかけづくりが先決であって、競争に勝てること、あるいはそれだけ需要が見込めれば、それぞれの企業は工場への投資も行うでしょう。

そして、多くの人が指摘しているように、雇用は経済が活力を取り戻した結果であって、経済活力を生む政策がなければ、雇用は財政出動で生み出す、つまり公共投資で生み出すしかありません。公共投資が、ダムや道路、空港といった公共工事から転換したとしても、それで経済が活性化するわけではないのです。

菅さんの「一に雇用、二に雇用、三に雇用」は、経済活性化のダイナミズムを呼び覚ます政策とは感じられず、虚しく聞こえるのです。それなら、かつてのドイツのように「雇用か、所得か」の選択、ワークシェアリングを国民や企業に迫ったほうがリアリティがあります。

菅さんの主張なら、いずれも大きく雇用を伸ばそうとすると財政を出動させることになります。それは財政規律を守ることとは矛盾します。財政規律を守ろうとすれば、小出しの小さな政策に終わってしまいます。

雇用という点では、製造業の工場の海外移転がさらに進み、製造業での国内雇用は減少していきます。これほど確実なことはありません。

円高はそれを加速しはじめていますが、製造現場の海外移転は、それだけが原因ではありません。人件費やインフラコストの大きな違いに加え、ASEANなどのように自由貿易の地域では、関税がかからず、輸出産業にとっては有利だからです。いまや工場建設のラッシュだといいます。

米国は、1980年代に製造業で日本とドイツから手痛い打撃を受け、とった戦略は、製造業からの産業のシフトでした。
おそらく、その当時の米国が体験したような工場の空洞化が進んでいくでしょう。グローバルな分業体制の進行は否定出来ない現実なのです。

産業も「製造」から、「知恵」や「しくみ」、また「ブランド」や「サービス」、あるいは「資本力」に競争力の重心を移すことを促していかなければ、日本の雇用はどんどん痩せていきます。

今、政治に問われているのも同じです。日本経済を再び活性化するための、「公共事業」ではなく、「知恵」や「しくみ」の転換だと思います。まずは「規制仕分け」から始め、新しい産業が自律的に生まれてくる体制づくりのほうが先決でしょう。ひも付き予算の廃止や地方主権化はその具体策として有効だと思います。

小沢さんが、ほんとうに生きた政策を打てるのか、予算の大きな組み替えを実行出来るのかは未知数であり、よくわからないというのが正直なところですが、菅さんと小沢さんが表舞台で議論し始めたことで、小沢さんの人気が急激に上昇してきているようです。

日経新聞が行っているウェブでの緊急アンケートの途中経過を見ると、首相にどちらがふさわしいかで、菅首相が55.7%、小沢前幹事長が44.3%と肉薄する状況になってきており、さらにどちらが有効な経済政策を打てるかでは、小沢前幹事長が57.6%で、菅首相の42.4%を上回る結果となっています。
菅・小沢氏、どちらが首相にふさわしいか(クイックVote緊急調査)

小沢さん側のサプライズは、日経電子版でうまくまとめられていますが、タンス預金の吸収を狙う無利子国債の発行、国有財産600兆円のうち200兆円の証券化、円高を利用した海外資源への投資です。

怖いモノ見たさの小沢相場(グローバルOutlook)

タンス預金に限らず、日本は個人の預貯金、また企業の手持ち資金が投資に向かわず滞留しており、それをどう生きた金に変えるのかは重要な視点です。また資源はどんどん獲得競争が厳しくなっており、円高を利用して将来の資源を確保することは重要な施策でしょう。

代表選の結果がどうでるかはわかりませんがそれで終わらず、野党も、マスコミも、目の前の現象に一喜一憂するのではなく、また、重箱の隅をつつくような議論ではなく、なにが日本経済の成長と活性化を牽引するエンジンになるのかの骨太な議論を徹底的にやってもらいたいものだと切に願います。

コア・コンセプト研究所 
大西 宏