船長釈放は「合理的」な判断である

2010年09月25日 10:58

尖閣諸島の漁船衝突事件で那覇地検が船長を釈放した判断については、自民党から共産党まで「民主党政権は弱腰だ」という批判の大合唱です。それは感情論としてはわかりますが、地検の判断は(事後的には)合理的で、おそらくこういう結果しかありえなかった。これを問題を単純化してゲーム理論で考えてみましょう。

日本と中国をそれぞれ横軸と縦軸のプレイヤーとし、二つの行動(強硬と屈服)による利得を考えます。中国が強硬に出た場合、日本も強硬策をとると紛争が起きて日中の利得は順に(-1,-1)となりますが、日本が屈服すると利得は(1,2)となって日本にとっても有利です。これはチキン・ゲームで、ナッシュ均衡は(混合戦略を除くと)一方が強硬策に出て他方が屈服するしかありません。

強硬 屈服
強硬 -1,-1 2,1
屈服 1,2 0,0


今回の地検の決定は、日中の対立(-1,-1)から日本の屈服(1,2)に状態を変更する合理的な判断です。中国の態度が変わらないかぎり、日本が屈服することが双方にとってパレート効率的だからです。しかしこれはゲームが1回かぎりの場合で、問題が繰り返される場合には、相手が2つの均衡のどちらを選ぶかについての予想が重要です。

上の図を一般化してチキン・ゲームが繰り返される消耗戦(war of attrition)を考えて混合戦略も含めると、屈服する確率は利得の減少関数になります。つまり日本が簡単に屈服することは、領土を守ることによる利得が小さいというシグナルを出して、中国の攻撃を誘発する結果になります。

逆にいうとチキン・ゲームに勝つためには、合理的に行動しないコミットメントが必要です。事後的に判断すると屈服することが合理的になるので、そういう利害を斟酌しないという機械的なルールを決めるのです。以前の記事でも書いたように、刑罰はこのような意味でのコミットメントです。殺人犯を死刑にしても被害者は戻ってこないので、刑罰は(事後的には)不合理ですが、そういうcommitment deviceがないと犯罪はやり放題になります。

これが近代国家における非人格的な法の支配の本質ですが、中国は「人治国家」なので、為政者の判断でルールはどうにでも曲げられると思っているでしょう。だから日本政府としては、あらかじめ領海侵犯についてのルールを対外的に明示して、たとえば「尖閣列島の領海侵犯はすべて海上保安庁の判断で自動的に逮捕・起訴する」と法律で決め、政府は何も介入しないことをあらかじめ宣告すべきです。

それができないのなら屈服しかないので、最初に船長を逮捕すべきではなかった。逮捕する前に海保は国交省に判断を求めており、前原国交相(当時)はそれにOKを出しました。これは「チキン・ゲームを辞さない」という意思表示であり、それなら途中で屈服してはいけない。このように外交姿勢が一貫せず、コミットメントが欠けていることが自民党時代から続く日本外交の最大の欠陥で、中国につけこまれるもとです。

これは本源的な意思決定者である内閣が機能せず、その代理人にすぎない官僚機構に外交を丸投げしてきたことが原因です。代理人は結果に責任を負わないので、つねに合理的に(機会主義的に)行動するインセンティブをもつからです。今回のような問題こそ、民主党お得意の「政治主導」を発揮すべきでした。小沢一郎氏が首相になっていれば、温家宝首相と国連で交渉して兵を引かせるぐらいのことはやったのではないでしょうか。

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!
池田 信夫
アゴラ研究所所長 青山学院大学非常勤講師 学術博士(慶應義塾大学)

関連記事

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑