生命は偶然か必然か - 『進化の運命』

池田 信夫

★★★☆☆

進化の運命-孤独な宇宙の必然としての人間進化の運命-孤独な宇宙の必然としての人間
著者:サイモン・コンウェイ=モリス
講談社(2010-07-22)
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宇宙の存在は奇蹟ともいうべき数多くの偶然の積み重ねの結果だが、その中で生命が生まれる確率はさらに低い。すべての生物が同じ構造のDNAやATPをもっていることから考えると、その先祖は40億年前のたった一つの単細胞生物だったと考えられるが、これは非常に確率の低い偶然だった。だから生命も人間もランダムな偶然の産物で、必然的な進化のコースというものはない――というのが著者の論敵、スティーヴン・グールドの考え方である。

本書はこれに対して、生命は必然だと主張する。グールドがベストセラー『ワンダフル・ライフ』で、進化の驚異的な多様性の証拠としたカンブリア紀の生物をバージェス頁岩から発見したのは著者だが、グールドはその成果を歪曲しているという。カンブリア紀の生物は多様だが、その構造はグールドがいうほど奇想天外なものではなく、共通の特徴がみられる。

DNAがきわめて巧妙な分子構造になっていることは「インテリジェント・デザイン」の根拠になっているが、そんな意識的な操作は必要ない。十分多様な種類の遺伝物質が発生すれば、その中で環境に適応するものは限られている。おそらく原初の地球には遺伝的な性格をもつ物質が数多くあったが、DNAほどの効率で機能する分子は他にはないので死滅し、結果的に最適な構造のDNAだけが残ったと考えられる。

また目に似た器官は多くの動物にあり、その形はよく似ているが、これも偶然ではない。外界の光を受容できるカメラ状の器官のメカニズムは限られているので、これらは独立に同じ方向に進化したと考えられる。突然変異は偶然だが淘汰は必然なので、その結果は環境条件から必然的に導ける一定の方向に収斂するというのが著者の理論で、これを例証する豊富な事例があげられている。

これはゲーム理論の言葉でいうと、進化的安定戦略(ESS)がナッシュ均衡の部分集合になっているということだ。生物が最適な戦略を選ぶわけではないが、劣った戦略を選んだ個体は淘汰され、たまたま最適な戦略を選んだ遺伝子が繁殖するため、あたかも生物が意識的に最適な状態を選んだようにみえる。だから世間の人がバカにするほど経済学は非現実的な仮定を置いているわけではなく、進化は長期的には「均衡状態」に収斂するのである。

ただし著者のグールドに対する批判はいささか感情的で、キリスト教の教義に生物学を合わせようとする第11章は読むに耐えない。