はっきりいうと今は円高ではない - 藤沢数希

2010年10月14日 02:04

財務省と日銀は9月15日に実に6年半年ぶりの為替介入を実施した。ニュース報道等によれば2兆円ほどドルを買って円を売ったようである。この介入によってUSD/JPYは一時的に86円付近まで円安に戻した。しかしここ数日はまた81円台で取引されている。日本国政府はすでに100兆円ほどアメリカ国債などを保有しているため、ここに追加の2兆円分ドル資産を増やしたからといって大したことではないが、先月の2兆円の介入でドルを85円程度で買ったとするならばすでに3%程度損失が出ている。つまり2兆円x3%で600億円ほどだ。これは日本国民の負担となろう。

ところでそもそも現在の為替水準は本当にファンダメンタルズ(経済の基礎的諸条件)から著しく乖離した円高であり、それゆえに政府による介入も正当化できるような水準なのだろうか? 結論からいうと筆者は必ずしもそうとは考えていない。むしろファンダメンタルズからいえばとても円高とはいえず、為替介入は政府による一部の輸出企業への補助金ではないのかという批判も根拠のないものとはいえない。以下、その理由を説明しよう。

USD/JPYの推移
出所:日本銀行のウェブ・サイトより筆者作成


日本はデフレ、アメリカはインフレ

為替レートを決めるもっとも基本的なファンダメンタルズは何かといえば、それは購買力平価説である。お金がなぜ価値があるかというとそれはお金でモノやサービスを買えるからである。そしてモノやサービスに一物一価の法則が成り立つとすると、アメリカで1個1ドルでハンバーガーを売っていて、日本では1個100円でハンバーガーを売っていたとすると、このハンバーガーから見れば、1ドルと100円は同じ価値でなければいけない。すなわち1ドル=100円と為替レートが決定されるのである。

さてアメリカは2%程度のインフレで日本は1%程度のデフレだった。つまりハンバーガーの値段は10年たつとアメリカでは1ドル20セント程度に値上がりし、日本では90円程度に値下がりすることになる。この時の為替レートは1.2ドル=90円、つまり1ドル=75円になるのである。

話を簡単にするために日米のインフレ格差が3%だと仮定しよう。1995年の1ドル=80円を基準とすると、購買力平価説で現在の為替レートを計算すると3%x15年で45%円高が進んでいないとおかしいことになる。そうすると現在1ドル=55円程度となる。つまり過去の物価の変動から考えれば現在の82円程度の為替レートは全く円高とはいえないのだ。

金利差がなくなった

2008年の金融危機以前はアメリカは5%程度の政策金利を維持していた。その間、日本の政策金利はほぼゼロであった。実際の経済活動で重要な長期金利も日米では3%以上の金利差があった。

金融危機により経済に大きなショックが加わり、アメリカの中央銀行は教科書通りに金利を低下させた。しかし日本はゼロ金利政策ですでに金融緩和をほぼ全開にしていたので、さらに金利を下げることができない。サスペンションが沈み込んだ自動車を運転しているようなものだったのだ。アメリカの金融緩和によって日米の金利差は急速に縮まった。その過程で金利によるインカム・ゲインが低下したドルが売られて、逆に相対的には魅力が増した円が買われたのは当たり前のことなのである。

グローバル・インバランスの調整

金融危機以前の世界経済はアメリカの信用バブルとグローバル・インバランスの拡大が進行していた。グローバル・インバランスというのは中国や日本やドイツのような輸出産業がさかんな国がひたすら経常黒字を拡大して、アメリカが経常赤字をどんどん拡大させていたことである。全ての国の経常収支を合計すればゼロになるのだから、日本が輸出でどんどん黒字を出すと、どこかがどんどん赤字をだしているわけで、それはアメリカだった。アメリカが世界中からモノやサービスをどんどん買っていたのだ。アメリカが経常赤字を出すということは、アメリカは外国からどんどんお金を借りたり投資してもらっているわけだが、日本や中国がアメリカ国債を大量に買ったり、アメリカの会社に投資したりしていた。

世界中からアメリカに集まってくるお金がアメリカで住宅バブルを引き起こしたりして、アメリカでは信用バブルが起こっていた。世界中がアメリカの資産を買い漁るので、ドルはどんどん強くなっていった。そして強いドルが外国からさらにモノやサービスを買いやすくして、アメリカの経常赤字を膨らませていった。

アメリカの信用バブルは、住宅バブルの崩壊を引き金に破裂し、リーマン・ブラザーズの破綻でバブル崩壊のクライマックスを向かえた。つまり金融危機以降に何が起こるかというと、信用バブルとグローバル・インバランスの拡大の反対のことが起こるのである。アメリカの経常赤字が縮小し、ちょうど鏡のような関係にある日本の経常黒字も縮小する。グローバル・インバランスの調整だ。その過程でアメリカの金融資産に向かっていた世界のお金も元に戻っていく。つまりドルが売られてドル安になるのだ。今までのバブルやグローバル・インバランスが持続不可能なもので、それが揺り戻しているのだから、高すぎたドルが安くなるのは当たり前で健全なことなのである。

つまりファンダメンタルズからいえば現在の1ドル=80円程度では全くもって円高とはいえないのである。

参考資料
最近の円高ドル安について・・・ 金融日記
為替介入で円高を阻止しろと簡単にいうけれど – 藤沢数希、アゴラ
予想できたはずの危機後の円高 – 池尾和人、アゴラ
通貨で読み解く世界経済―ドル、ユーロ、人民元、そして円― 小林正宏、中林伸一
国際金融論講義、深尾光洋

関連記事

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑