オバマ大統領の支持率?
週間ダイヤモンドのランキングで「かぞくへの保険」が1位を獲得したことで契約増に弾みをつけた2009年3月。ここで手綱を緩めることなく、次々と新しい施策を打ち出していった。
ひとつは「オバマ大統領の支持率」調査で幾多ものテレビ・雑誌・スポーツ新聞にライフネットの社名大量露出を実現した調査PR企画。味をしめた担当の松岡は草の根PR運動としてのリリースを大量に生み出していた。
3月18日「映画『おくりびと』に関する調査」、同24日「保育園・幼稚園に関する調査」、31日「婚活に関する調査」、5月1日「ワークライフバランスに関する調査」6月4日「昭和50年代生まれが懐かしく感じるもの調査」、7月2日「新型インフルエンザに関する意識調査」といった具合に。大手メディアのみならず各種ウェブ媒体、ブログやミクシィ日記でもこれらのリリースは大量に引用され、「何故、生命保険会社がこんな調査を!?とツッコまれながらも、地道に知名度を拡大に及び当社のブランド形成に貢献した。
また、これらのリリースは毎回マスコミ関係者及び金融庁にも送付していたため、取材の際に「いつも面白いリリースされてますね」と言葉を掛けられたのはよいとして、商品認可に際して「この間の調査リリース、読みましたよ」などと言われようものなら、ドキッとさせられたものだ。
4月23日には、SBIアクサ生命(当時)と共同で「ネット生保に関する共同調査」を発表した。同じネット生保を営む競合会社といえども、そもそもネットで生命保険に加入する人口自体が十分に増えないことには競いようがない。実は開業前にも先方を表敬訪問し、将来的に『ネット生保評議会』みたいな形で業界を発展させるための活動でご一緒できたらいいですね」と呼びかけたことがあったのだが、この時は先方もライバル意識が強かったようで、先方の担当役員に「ご一緒できることは何一つないと思います」と断られたこともあった。実際に営業を開始したことで共同戦線を張る意義を認めてもらえたのか、「ネット生保」という業態を成長させるために足並みを揃えることに合意して行なったのが今回の調査だった。
「前例は関係ありません」
5月18日は開業1周年を迎えた日。申込み件数が1万件を超えた旨のリリースと同時に、国内、そしておそらく世界初となるモバイル経由の申し込みサービス開始を発表した。各社とも携帯電話経由で閲覧できるウェブサイトを準備し、そこで簡易コンテンツを見たり、資料請求をできる機能は準備しているが、ケータイ経由で生命保険の申し込みができる環境は整備されていなかった。
実現する上での課題は少なくなかった。小さな画面で顧客にどうやって十分な情報提供を行うか。この点は表示するインターフェイスの工夫と、手続きが完了するために送付が必要な1件書類の中に契約内容の写しなどを同封することでクリアした。また、契約後の顧客サービスは通常はPCの専用画面「マイページ」を通じて行うが、モバイル顧客はクレジットカードの変更等を除いては電話通話を中心に行なうこととした。
本プロジェクトは開業以来、初めてとなる全社組織横断的な開発案件だった。システム部、コンタクトセンターのメンバーが一致協力して開発を進めた。若手を中心にプロジェクトを推進し、様々な無理難題を聞きながら開業1周年という一つの節目に合うよう完成してくれた。平行して、商品開発部の杉田と金融庁との認可折衝に当たった。
PRとして外部に打つ出す時はモバイル生保の斬新さを主張するのだが、前例を踏襲することを重んじる当局とのやり取りでは。これまで実施してきたPC画面経由での業務と本質的には変わらないことを強調した。実際、iPhoneに代表されるスマートフォンの出現によりケータイとPCは質的に接近し、融合しつつあった。空港のセキュリティチェックに際してiPadを鞄の中から取り出すよう指示されたビジネスマンが「これはケータイです!」と主張しているのを見たことがある。
印象的だったのは、一つの「前例」として損害保険会社が旅行賠償保険の加入を携帯経由で受け付けていることを説明した時である。担当者は、予想外の発言をした。
「繰り返し『前例が』とおっしゃいますが、それはどうでもいいです。ライフネットさんがやろうと思われているサービスがそれを単体として見た時に、十分に顧客保護を図っていると言えるのかどうか、それだけをお答えください。」
営業開始の認可取得時には大手生保の約款との対照表の作成を命じられたこともあったが、今回の発言からも当局は横並び・前例重視主義から脱却し、プリンシプルベースの行政に移行しようとしていることを強く感じた。
更に翌5月19日にはNTT東日本との業務提携を発表した。我々のようなベンチャーとNTTがアライアンスを結ぶことはきっと珍しいのだが、光フレッツによって整備されるブロードバンド通信網の上で使われるアプリケーションやコンテンツとして、テレビ電話をつかった金融のコンサルテーションサービスや個人の医療情報の取得や活用という面で、中長期にライフネットがお役に立てるのではないか、との意図で実現したものだった。これは非対面にきめ細やかな相談業務を行わないと考えられていたネット生保にとっても将来に渡って様々な展開を期待できるものであった。このニュースは日経新聞を始めとして、幾つかのメディアでも報じられた。
5月24日には3月のダイヤモンドに続き、(マネー情報紙)日経ヴェリタスが行った「保険のプロ17人に聞いた入りたい死亡保険」というランキングで1位に選ばれた。本来であれば半年前の2008年10月にSBIアクサが実施した値下げによって彼らが価格面ではトップに返り咲
いているのであり、1位に選ばれてもおかしくないはずだった。
しかし、選定理由には「保険業界を改革しようとする志を買いたい」といったコメントが選者から寄せられていた。共感を呼ぶマーケティング活動は消費者に向けてだけでなく、発信力と影響力を持つインフルエンザーに対しても大切だということを痛感した。
生命保険大変革時代
必死に走り回る我々にとって再び大きな援護謝撃となったのは、6月19日にテレビ東京「ワールドビジネスサテライト」で放映された「生命保険、大変革時代」だった。番組の構成は、多様化する保険の販売チャネルとして来店型代理店の店舗が映される。そこにはエプロンをした女性が接客を行い、子供を横で遊ばせながら夫婦で生命保険の相談をする場面が選ばれていた。続いて、町を歩く一般の人たちに生命保険に関するイメージなどを聴き、消費者の間で「生保不信」とも呼べる状況があることを紹介。
次いで、その不信を解消せんと新たに設立された保険会社、ということでライフネッ生命が登場した。ウェブの画面や商品の特徴は当社の「イメージガール」の高尾が説明し、その後は出口の話を中心に若手が引っ張って行く社内の姿が取り上げられていた。付加保険料の開示についても大きく説明しており、視聴者に対してはとても良いイメージを与えられるのではないかと思える内容だった。
この番組が他の民放と比べて有難いのは、1回きりの放映で終わってしまうのでなく、特集がアーカイブとして保存され、後からもテレビ東京のウェブサイトで視聴することができることである。現代の消費者は情報の海に溺れそうになり、特に企業が一人称で行う宣伝広告は信じなくなる反面、信用のある第三者が発するエンドースメント(信任)の言葉は強く信じるようになっている。その意味でも、保険のプロによるランキングで1位に選ばれたこと、そしてテレビによって視覚的に、好感を持って伝えてもらえたことは、とても大きな後ろ盾となった。契約の伸びは加速化した。
お金をかけずに自分たちの考えを世に知ってもらうための最善の方策は、執筆することである。6月19日には日本保険学会の関東部会で「生命保険業界における競争促進と情報開示」というタイトルで発表を行った。本格的な学会での発表は初めてだったが、終わった後には理事の先生方から温かい励ましの言葉をかけていただいた。この発表をベースに、翌月には「週刊金融財政事情」の2009年7月6日号に「生命保険市場を適切に機能させる商品の情報開示を加速せよ」なる小論を発表した。これから、生命保険を直接のテーマとした文章を執筆して発表することに多少なりとも自信がついた。
同時にこの頃から夏にかけて、4冊の本を手掛けた。若手ビジネスパーソン向けに、自分なりの仕事や勉強の方法を紹介した書籍として、「超凡思考」(幻冬舎)と「加速勉強法」(大和書房)、帰国直後に出した留学記をブラッシュアップして文庫化した「金融資本主義を超えて」(文藝春秋)、そして英国人の同級生の手によるベストセラーを日経BP社に紹介して翻訳の監修を手掛けた「ハーバードビジネススクール 不幸な人間の製造工場」である。加えてマネックス証券が顧客向けに送付している「マネックスメール」に「目からウロコの保険塾」という連載をさせていただき、人気ニュースサイトのJキャストでも「大切なことは意外とシンプル」というコーナーで発信を続けた。自身のブログもこの頃は極力毎日更新していた。
社内のオペレーションは皆に安心して任せることとして、とにかく1人でも多くの人に我々の想いを正しく知ってもらおうと、影響力のあるマスコミ、保険業界人、財界人や起業家の方々と会うチャンスがあれば極力逃さず、かつネタと気力が続く限りあらゆる機会を見て発信を続けた。
とにかく、タマを打ち続ける。これしか、僕らには手がなかった。
(つづく)