確率といういかがわしい概念 - 『強さと脆さ』

2010年10月16日 20:28

強さと脆さ強さと脆さ――ブラック・スワンにどう備えるか
著者:ナシーム・ニコラス・タレブ
ダイヤモンド社(2010-11-27)
販売元:Amazon.co.jp
★★★☆☆


世界的ベストセラーになった『ブラック・スワン』の第2版につけられた付録が、日本では独立の本として来月、出版される。英文のドラフトの一部はウェブサイトにも出ており、私もこの部分だけコメントした。

付録なので170ページ程度の小冊子だが、論じているテーマは重い。根本的な問題は、現代の統計学や経済学が扱っている「確率」という概念がいかがわしく、これが人々をミスリードして危機をまねくということである。ケインズやラムゼーが1920年代に指摘したように、社会の出来事を統計力学のモデルで語るのは誤りである。なぜなら、そこには主観から独立に決まる存在論的確率がないからだ。

たとえばサイコロを繰り返し振れば、1の出る確率は1/6に収斂するだろうが、ドル円レートがあす上がるか下がるかは誰にもわからないし、同じ条件で繰り返すこともできない。社会科学で確率と呼ばれているものはすべて主観的確率であり、Gilboaも指摘するように、無知の上品な呼称でしかないのだ。主観的確率の理論を最初に定式化したラムゼーはこれを明確に認識しており、確率論は彼の構想した「真理の理論」の第一歩でしかなかった。

しかしラムゼーは夭折し、それを引き継いだ統計学者たちは、彼の理論そのものを確率的真理を述べたものと取り違えた。ラムゼーが別の論文で書いた「最適成長経路」の理論はDSGEによって実際の成長経路にすり替えられ、各人の信念(事前確率)の違いはベイズ更新によって「代表的家計」の知っている客観的真理に近づいてゆくというお話になった。

タレブも指摘するように、こういう話は論理的に破綻しており、現実にも2008年の金融危機で粉々になった。物理学のようなエルゴード性を満たす系は「長期」の平衡状態に収斂するが、経済のような非エルゴード系には経路依存性があるため、長期の概念がもともと存在しない。これは数学的には自明であり、それが近似的に安定しているように見えるときがむしろ危険なのだ。

その意味で今回の金融危機はブラック・スワンではなく、理論的に予想できた(タレブのファンドも大きな利益を上げた)ホワイト・スワンだった。危機を防ぐために必要なのは、インチキな経済学で未来を「合理的に予想」することではなく、未来は予想できないもので人々は不合理に行動するという事実を勘案した、冗長性の高い制度設計にすることである。

追記:本書は書評用のプレプリントで読んだので定価がわからなかったが、正味140ページで1500円は高いので減点した。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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