デフレとは何か。

2010年10月21日 04:01

第一に、この定義が誤っていることが、デフレ議論を出発点から混迷させている。デフレとは、不況ではない。デフレとは物価の継続的な下落を指すのであり、論理的には、デフレ下での好景気というのはあり得て、実際、日本の2003年の状況はそれに当てはまっていた。したがって、不況から脱却することは必要だが、デフレから脱却することが必須かどうかは自明ではない。そこで、「デフレは本当に諸悪の根源か」、これを議論しよう。


さて、そもそもなぜデフレになるのか。理論的には、その理由は2つに分けられる。需要サイドが要因の場合と、供給サイドが要因の場合である。多くの場合は、需要不足によりデフレが起こる。日本の国内経済で考えると、モノへの需要、たとえば、自動車(新車)への需要が減少し、供給は一定であるとすると、すなわち、新車販売店は、売り上げ目標を需要の弱い中で達成させようとすると、値引き販売するしかないから、新車価格は下がる。これが需要不足によるデフレである。一般的には、20%値引きして、2割販売台数が増えるわけではないから、売り上げは減少する。そして確実に利益は減少する。したがって、給与はカットされ、雇用も減少する可能性が高い。

これにより、デフレと不況が同時に起こる。GDPとは、経済で生まれた付加価値であり、マクロ的な付加価値とは労働所得と資本利益であるから、所得低下、利益減少により、GDPは必ず低下する。この場合は、このデフレを解消しなければならないのは当然だ。しかし、注意しなければならないのは、解消すべきは、デフレではない。さらに、デフレは、あくまで需要不足の結果生まれた企業行動によるものであるから、需要不足自体を解消しなくては意味がないと考えてしまうが、これも間違っている。ここでの需要不足とは、この企業にとって、最も都合のよい需要水準に比べて少ないだけであり、その企業の期待が高すぎたことが問題であるかもしれないからである。

その場合は、量ではなく質ということで、売り上げ目標から利益目標に変えるべきだ、というのがビジネススクール的な考え方である。人口減少の日本社会では、新車需要が増えるどころか、維持されること自体が困難であるから、自動車メーカーは少ない台数で、一台あたりの利益額を増やさなければならない。そのためには、付加価値のあるもの、ブランド力のあるものを生み出さないといけない、ということだが、これも実は自明ではない。なぜなら、消費者が、シンプルで簡素な車で十分と思っているときに、無理やり高い車を買わせようとするのは、資源の浪費であるからである。企業の利益が増えて、GDPが拡大しても、消費者の貯蓄が減り、将来の消費額は減る。先食いをするだけなのだ。しかし、この話はまた次回の議論としよう。問題は需要不足そのものではなく、雇用が失われることにある、ということがここでの結論である。

一方、供給サイドの要因で物価が下落するのは、海外などの新しい生産者(供給者)の登場により、供給競争が激しくなるか、あるいは、生産性の向上により、コストが低下し、既存の供給者が価格を下げてくる場合である。後者のケースは、インフレに置き換えて考えると、いわゆるコストプッシュインフレで、オイルショック時のように、このインフレ自体により景気を悪化させることになる。したがって、デフレのときには、その逆で、実質可処分資産は増加するから、資産を持った消費者たちにとっては、ありがたい話で、需要は増加する。つまり、景気は良くなるはずである。

したがって、供給サイドの要因によるデフレで問題にしなければならないのは、供給者の競争が激しくなった場合であるが、結局、国内生産者が利益を削っても、勝ち残れば、消費者がその分安く買えるだけのことであるから、国内経済全体では問題がない。海外生産者に負ける場合には、雇用が失われるという問題が生じる。これが問題である。

つまり、デフレという現象が生じているときに問題なのは、要因が需要サイド、供給サイド、いずれにあるにせよ、雇用が失われることなのである。

当たり前のことであるが、政策実施上は大きな違いがある。デフレそのものが問題であれば、いかなる犠牲を払ってでもデフレを止めないといけないが、それが需要不足になるのであれば、デフレそのものではなく、需要を増やさないといけない。さらに、需要そのものでない、ということであれば、雇用に集中しなければならない、ということになり、政策目標が変わってくるからだ。

さて、今回の議論の焦点は、需要不足か雇用か、という点にはないので、この議論もまた次回である。ではいったい何を議論するかというと、このようにデフレ自体は、通常では問題ではないのに、なぜデフレ自体を問題とするのか、というなぞを解くことである。

デフレ自体が問題である理由は三つ。第一は、物価上昇率がマイナスだと中央銀行の金融緩和政策がゼロ金利の制約に縛られてしまうということだ。すなわち、インフレ率が2%ならばゼロ金利にすれば、実質金利はマイナス2%となるが、物価上昇率がマイナス1%だとゼロ金利では、実質金利はプラス1%となり、インフレ率の差である3%分だけ、実質金利が高くなることである。つまり、ゼロ金利でこれ以上緩和の余地がないときに、デフレからインフレにすれば、3%金利を下げた効果と同じ効果が得られる可能性があるということだ。

第二に、デフレ自体が問題なのは、デフレスパイラルに陥るからだ。ただし、このデフレスパイラルとは、世間で安易に言われているデフレスパイラルとは異なる。よく言われているデフレスパイラルとは、物が売れない⇒値下げをする⇒それでも売れない⇒売り上げが減る⇒給料が減る⇒ますます消費が減り、物が売れなくなる⇒さらなる値下げをする、といった事を指す。しかし、この場合に問題なのは、デフレそのものでなく、物が売れないことであり、給料が減ることなのだ。しかも、物が売れないときに値下げするかどうかは企業の判断や競争環境による。つまり、ライバルが何社いて、彼らがどう行動するかにかかっている。まともな企業ならば、値下げしてさらに売り上げが減るようなことはせず(経済学的に言うと価格弾力性が1を下回っている状態)、別の方策により、利益または雇用を維持するように努めるであろう。実際、リーマンショック後の一部の服飾ブランドでは、多くの企業が大幅値下げに走り、まったく売上数量が増えず、単に値下げした分売り上げを減らしていた中、大幅値上げとなるような特別限定商品を発売した。それにより、一部の超高額商品の売り上げで、何とか売上数量の減少をカバーした。

したがって、価格メカニズムあるいは価格ダイナミズムに関するデフレの弊害については、マクロ的に議論するのではなく、ミクロで議論しないといけない。

第三のデフレの問題は、もっと地味なところにあり、家計の営みの問題だ。つまり、デフレで給料も物価と同じレベルで下がるとして、実質ベースでは変化がないとしても、それはやりくりがしにくい、ということだ。物価が上昇する中で、給料も同じペースであがれば、消費の選択肢が広がり、やりくりがしやすい。一方、物価が下がる中で、その中で消費を減らすのは、かなり難しい。消費の質か量で調整しなければならないが、質を落とそうとしても、価格が下がる中では、たとえば、ランチをそれまでよりも安いものにしようとしても、500円のランチをそれまで食べている中で、400円のランチを探すのは質を落としても大変で、たまに昼を抜く、ということで数量調整するしかない。一方、ランチが値上がりする中で、500円ランチが600円に値上がりしてしまっても、質の落ちる400円弁当と600円ランチを一日おきに食べればよい。デフレ下での緊縮財政は、国家も、銀行も、企業も、家計と同じようにやりくりしにくい。これが意外とデフレがきつい理由だ。

こう考えると、デフレ自体の問題は、ほとんど存在せず、デフレの中で発生する副次的な問題点を整理することが重要であることがわかる。

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