尖閣沖漁船衝突問題における中国の対応

2010年11月04日 08:41

 尖閣諸島沖での漁船衝突から1ヶ月以上が過ぎた。そこで、現在のやや落ち着いた時点から改めてこの事案を中国の行動から分析したい。具体的には、中国側が今回の事案を意図的に引き起こしたのでもなければ、軍部の強硬派に穏健派の政治指導部が押し込まれたという単純なストーリーではないことを論じたい。
 


意図的とは考えにくい事件
 今回の事件で登場した漁船については「海上民兵(maritime militia)」説や中国の意図的な謀略であったと一部で指摘されている。しかし、今回に限れば、これは穿ちすぎな見方である。その証拠に今回の事案を時系列で眺めてみよう。

第一段階 事態の発生
9月5日 小沢一郎が「歴史上も尖閣諸島が中国の領土になったことは一度もない」と発言
9月7日 中国漁船、日本海保の巡視船に体当たり
9月10日未明 尖閣近海に中国の魚政局の監視船2隻が出現
9月12日深夜 中国の戴秉国国務委員が丹羽中国大使を緊急に呼び出し、抗議する
9月13日 日本政府が船員14人と漁船を中国に返還する 
9月14日 民主党代表選挙が開催され、菅直人が再選
9月18日 上海・北京で小規模な反日デモ、尖閣近海に中国の魚政局の監視船2隻が撤収する
9月19日 拘留期間を延長
9月22日 菅首相及び前原外相、国連総会に出発する(25日まで)

第二段階 中国の対抗エスカレーションに降服する日本
9月23日 中国政府、フジタ社員の4人を拘束する。
     中国、レアアース対日輸出停止を通告
9月24日 尖閣近海に中国の魚政局の監視船2隻が再び出現。
那覇地検が拘留期間を5日も残したまま漁船の船長を釈放する
9月25日 漁船の船長が帰国、中国政府は謝罪と賠償を日本に要求する      
10月5日 ASEAN首脳会合で菅直人、温家宝両首相が会談。
10月11日 ハノイで北沢俊美、梁光烈両防衛相が会談。
10月15日 中国共産党第5回全体会議、習近平副主席が中央軍事委員会副主席に就任。

 時系列を眺めてみよう。第一期では日本政府がエスカレーションする一方で、中国側は彼らにしては非常に自重していた。むしろ、日本政府とのパイプを探していた節があり、可能な限り具体的な行動は避けている。(パイプに関しては日中ホットラインを渋った中国のある種の自業自得なのだが)しかし、日本政府は最終的には船長の拘留期間を延長し、エスカレーションを止めることは無かった。
 第二期になると、中国政府は一転し、(1)レアアースの禁輸、(2)フジタの社員拘束(3)魚政局の監視船の派遣、と対抗エスカレーションを開始する。なお、複数の筋によれば中国製野菜等のほかの製品も中国は「禁輸」したとの話もある。おそらく、ここで中国はあらゆる方法でエスカレーションすることを考えていたと思われる。
そして、そうした手段はあくまで胡錦濤指導部が可能な範囲に限られており、軍事的な動きは過去の事例に反しほとんど無かった。また、中国軍部も10月11日にハノイで北沢俊美と梁光烈両国防相の会談を予定通り実施するなど、軍事的なエスカレーションは行わないことを示した。
しかし、そうした中国の限定的な反撃に、日本政府は僅か1日で降服する。拘留期間を5日も残したまま漁船の船長を釈放したのだ。そして、その後事態はやや落ち着きを見せ、中国共産党第五回全体会議では習近平副主席が中央軍事委員会副主席に就任した。

 以上の動きから言えるのは、今回の事案が中国にとって意図的でなかったことである。もし、意図的であれば第一段階で日本側の反応を伺うはずがない。米国が政治的に介入する前に、尖閣諸島の実効支配にむけての何らかの措置(それこそ、南シナで起きているようなこと)を迅速に図るのが筋である。要するに、一気にエスカレーションの加速化による短期的な事態の解決を図らなければならないからである。二週間もぼやぼやしているのは不自然である。
 なにより、中国共産党第5回全体会議が事件の直後に控えていたことは今回の事案の意図性の無さを証明する最大の理由である。胡錦濤指導部にすれば中国共産党のビッグイベントの前に国内外を混乱させなければならない理由はないし、それと対立する派閥の習近平副主席にも自らの中央軍事委員会副主席就任という権限強化の機会を潰しかねない事件を起こす必要は無いからだ。軍部にしても、以上の時系列で見たように、表立っての動きは無く、今回の事件を利するような表面的な動きは無い。
 そもそも、この時期、中国は対米、対インド、対フィリピン、対ベトナムと全方面で対立を抱えており、唯一まともな日中関係を破壊する必要は薄い。しかも日米関係を強化させるおまけつきで。
 これらのことから、今回の事案は偶発的な事件であったと言えよう。要するに、中国政府は当初戸惑うかのように静観しており、日本政府のエスカレーションを受けて軍事力以外の反撃に転じたものの、あっさりと日本が降服してしまった、そういう構図である。
「たかが漁船のこと、血気にはやった民間人のこと、と甘くみないことが重要です。〈中略〉先の尖閣沖事件は、その始まりと考えるべきです。」と主張されている方もいるが、今回の事例自体に限っては、「たかが漁船のこと、血気にはやった民間人のこと」と解釈するのが良いだろう。(もちろん、日本政府の対応が良かったといっているわけではない。それについての評価は、別紙で述べたい)

「核心的利益」を真に受けてはいけない―意外な軍部の慎重姿勢―
 こういうことを言うと、読者の方には「いや、中国は南シナ海と尖閣諸島をチベット、台湾、ウイグルと同じ「核心的利益」と位置づけているではないか?」という疑問をもたれる方もいらっしゃるだろう。しかし、そう単純ではない。
 そもそも、「核心的利益」とは、「新しい国際秩序」の核心をなす台湾、チベット、ウイグルなどの地域の領土保全が国家存亡の最重要課題と位置づけた用語である。中国は、今年3月中旬に、訪中したスタインバーグ国務副長官とベーダー国家安全保障会議アジア上級部長に対し、南シナ海がこの「核心的利益」であると説明した。そして、中国の報道によれば、東シナ海もこれに当てはまるとされた。
 しかし、こうした「核心的利益」への異論は意外なことに中国軍内部から湧き上がった。7月26日、韓旭東国防大学助教授が 「もし、わが国がある国家と、ある“利益”で衝突が発生した際、両当事者はその“利益”こそが核心的利益と認識する。そのような状況下で双方は、軍事手段で解決する可能性が極めて高い。そのため誰もが国家の核心的利益を安易に放棄できない。だからこそ「核心的利益」は慎重に用いるべし」、と主張し、10月13日には王海運少将が「南シナ海が中国の核心的利益に属するとは公式見解ではなく、周辺国の誤解を呼び、中国に非友好的な勢力に容易に利用されてしまう」と批判的な声を上げた。
 おそらく、中国軍としては、米国に対抗可能な軍事力を手に入れるとしている2030年より以前に対米衝突を引き起こしかねない軍事衝突は避けたく、そうした考えが背景にあったと思われる。
 このような国内事情、特に軍部の意見が反映されたのか、中国は「核心的利益」から22日、南シナを除外した。このように、中国としては必ずしも南シナ、東シナを「核心的利益」として杓子定規に侵略しようと明確にしているわけではない。
 このことからも、今回の事案が意図的だったと言えないことがわかる。

結論にかえて
 尖閣諸島沖漁船衝突問題は偶発事案だったし、中国が見せた姿勢は彼らにすれば非常に慎重な動きだった。(無論、それは国際常識からすればとんでもないことなのだが…)また、軍部よりも政治指導部のほうがある意味では強硬だった。それは以上の分析から明らかである。(もちろん、ここで政治指導部が強硬派で軍部が穏健派というつもりはない。かつての近衛文麿がそうであったように、軍部を抑えるために、政治指導部が先んじて過激になっている可能性があるからだ。)
 であるならば、民主党政権は「悪しき隣人」や「ボールは向こうにある」と対抗エスカレーションの準備もなしに中国を刺激するべきではない。前原外相や枝野幹事長は、それえによって中国指導部がエスカレーションを再開したらどうするつもりなのだろうか。今必要なのは、粛々と中国への対抗エスカレーションを準備し、一方で今回の偶発事件の収拾につとめるべきである。つまり、無用の発言は行わず、一方で、海上保安庁・自衛隊を強化するだけでなく(声高にここにのみ注目する人間も多いが)、エスカレーションの各段階に応じた外交・経済的な対中カードを強化することが今一番必要なのである
威勢が良いだけの、「加地隆介の議」を読みすぎたような民主党議員の「空威張り」は百害あって一利なしである。

付記:中国指導部の危険な兆候が存在するのも事実
 なお、別に私は中国が平和的台頭を続ける国家だと主張するつもりは無い。残念ながら、最近の中国指導部のいくつかの発言は、不安な将来を予測させる。例えば、7月17日の第11回在外使節会議開催で胡錦涛主席は、「周辺の地縁〈地政学的〉戦略拠点を築くための活動を充実、深化させ、わが国の外交全体における基礎としての発展途上国の地位を強固にし、多国間外交を積極的に繰り広げ、各分野の外交活動を強化することである。」と発言している。つまり、中国周辺において地政学的戦略拠点を築くための活動を充実、深化させるべきとしているのだ。
 また、胡錦涛主席は、2009年3月の全国人民代表大会で、�眷小平が示した「韜光養晦、有所作為(能力を隠して力を蓄え、少しばかりのことをする)」という控えめな外交戦略を「堅持韜光養晦、積極有所作為(能力を隠し、力を蓄えることを堅持するが、より積極的に外交を展開する)」という積極的な外交戦略への転換させることを表明している。これらの発言は、今後の中国の動き、特に胡錦涛以降の政治指導部を警戒するに十分なものである。
 本稿で主張したいのは、今後のわれわれは、尖閣諸島での事件を受けて中国を直線的な拡大する侵略国家と受け止めるのでもなく、日中友好万歳!と中国人とマオタイを呷って誤魔化すのでもなく、広い視点でニュートラルに中国を眺めるべきという、ただその一点なのだ。

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