「量的緩和」という物語・その2

2010年11月12日 09:47

クルーグマンは、自身のブログ記事の中で、次のように述べている。

For the big concern about quantitative easing isn’t that it will do too much; it is that it will accomplish too little.
だから、量的緩和についての大いなる関心事は、それがやり過ぎにならないかということではなく、それがあまりに乏しい成果しかあげらないのではないかということである。


この点に関しては、私も同意見である。既に日米ともに、政策金利を事実上ゼロにまで引き下げ、その状態を長期にわたって続けることにコミットしている。このことによってかなりの効果(と弊害)が生じているが、これに量的緩和によって追加できる効果は、あまり大きくないと考えられる。


現代日本の金融構造が、先の拙記事「金融構造の今昔物語」の図4と図5(下に再掲)のように単純化してとらえてよいものだとすると、次のような<命題>が成り立つ。ずなわち、

<命題>
財政スタンス(財政赤字の累積額)が一定である限り、中央銀行がどれだけバランスシートを拡大させても、民間金融機関の貸出が増加しないならば、マネー・ストック(貨幣供給量)は増大しない。

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この命題が成り立つことは、図5を見れば明らかである。中央銀行と民間銀行のバランスシートを連結してみれば、マネー・ストックは国債発行残高と民間銀行貸出の合計に一致することが確認できるから、国債発行残高と民間銀行貸出の両者がともに変わらなければ、マネー・ストックも変化することはない。図4の状態から、下の図4Bのように中央銀行が(国債を追加購入するなり、短期金融市場を通じて資金供給するなりして)バランスシートを膨らませても、連結すれば図5になることには変わりがない。

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この命題は、前提を認めれば、そこから論理的に導かれるものなので、気に入らないなら認めなくてもよいといった性質のものではない。結論を否認したければ、前提を否定するしかない。換言すると、現代日本の金融構造の定式化としてより適正な代替案を提出するというなら話は別だが、そうでない限り、誰にも認めてもらわなければならない。このように、たとえ特定の立場からは「不都合」であっても認めるべき事項を明らかにできるというのが、「金融セクターの理論モデルをきちんと考え」ることの意義である。

なお、上記命題は、拙記事「『量的緩和』という物語」で述べたことの繰り返しにほかならない。そして、この命題の対偶を考えると、マネー・ストックが増えるためには、民間金融機関の貸出が増加するか、財政赤字の累積額が増加するかが必要なことが分かる。これらのいずれかの条件が伴わない限り、量的緩和それ自体は全く金融セクター内だけの出来事に止まり、実体経済には基本的に影響を及ぼさない。

中央銀行が懸命にそのバランスシートを膨らませても、世の中に資金が溢れるようになるわけではないというのは、直感には反することかもしれないけれども、「事実」だから認めてもらうしかない。こうした事情は、米国の場合も基本的には同じである。米国の中央銀行である連邦準備制度(FRB)が実施しようとしているQE2に関して、「この政策を簡単に表現すると、輪転機で6000億ドル分の紙幣を刷って、それを金融機関を通して市中にばらまくのである」といった理解が一般的だが、正確な理解とはとうてい言い難い。

もっとも米国の金融構造は、日本のそれよりもさらに複雑で、(海外を含む)民間非金融部門が現預金以外に国債や(証券化商品などの)市場性資産を直接に保有しているので、今回のQE2のようにFRBが長期国債を買い増す形でバランスシートを拡大させた場合に、上で述べたことに加えて、民間非金融部門の保有資産(の総額ではなく)構成を変更することになるという効果<ポートフォリオ・リバランス効果>が生じる可能性がある。わが国の場合には、ポートフォリオ・リバランス効果は民間金融部門についてのみ期待できるものであったが、米国の場合には、民間非金融部門についても期待できるとみられる。

しかし、(連結ベースで、資産・負債の両建てでの増加を除くと)民間非金融部門の保有金融資産総額の増加は、やはり民間金融部門の対民間非金融向けの信用供与が拡大するか、財政赤字の累積残高が増加するかのいずれかがなければ、起こりえない。この限りでは、米国の場合も上記の日本の場合と基本的に同じで、量的緩和それ自体には大した効果を期待できるものではない。量的緩和それ自体だけだと(民間金融による与信増あるいは財政赤字の増加を伴わない限り)、ゼロ金利制約に直面している状況では、ポートフォリオ・リバランス効果は、クルーグマンが別の記事で論じているように、発行済み国債残高の満期構成を短期化するのと同じ程度だと考えられる。

ならば、QE2の実施に伴って、民間金融部門の対民間非金融向けの信用供与が拡大するか、財政赤字の累積残高が増加するかするだろうか。前者は、量的緩和の「物語」としての効果しだいであろう。後者については、現状程度の財政赤字の継続をQE2は容易にするものではあるが、大幅な財政支出の増大が生じる(なり、減税が実施される)とは、現在の米国の政治情勢下では期待しにくいところがある。ならば、冒頭に引用したクルーグマンの見立てが妥当なところだといえることになる。

QE2の実施に伴って様々な効果や弊害が追加的に生じるという「物語」には事欠かないけれども、量的緩和がこれまでの伝統的な緩和に付加してどのような追加的緩和効果を生じるのかについては、それがどのようなメカニズムによってかを含めて、もっと「きちんと」示される必要があると考える。

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因みに、ファイナンシャル・タイムスのコラム邦訳も類似の意見の述べている。

As in Japan, the policy known as “quantitative easing” is far more likely to prove ineffective than lethal. It is a leaky hose, not a monetary Noah’s Flood.
日本の例を見れば分かるように、「量的緩和」として知られる政策は致命的である可能性よりも効果がない可能性の方がはるかに高い。この金融政策はノアの洪水ではなく、水が漏れるホースのようなものだ。

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