テレビの終わりの始まり

2011年01月03日 22:41

年末年始は、まったくテレビを見なかった。たまに数分つけると、どの局も晴れ着の芸能人が出てきて楽屋落ちで騒いでいる。この極端な白痴化の原因は、広告収入の落ち込みだ。先日ある放送業界のシンポジウムで民放の人々に聞かされたのは、コスト節約圧力の強さだった。「数字を取るのは簡単なんですよ」と、あるディレクターは言った。「プライドを捨てればいいんだから」。

テレビの視聴者は1000万人単位なので、何が受けるかは出す側にはわからない。こういう場合、なるべくレベルの低い視聴者をねらうのがコツだ。NHKの場合は、池上彰さんのように超初歩的なことから解説する。民放もそれに気づいたらしく、この年末年始は池上さんが引っ張りだこだった。彼が悪いといっているのではない。テレビの平均視聴者は「こどもニュース」ぐらいなのだ。


民放の場合は、日本テレビの土屋敏男さんのいうように「馬鹿にどう見せるか」を考える。コストを節約して数字を取るには、出す側もプライドを捨ててバカになるしかない。しかし出す側が視聴者をバカにしていることは見る側に伝わるので、まともな人はテレビを見なくなる。そうすると見るのはますます老人や専業主婦などの情報弱者ばかりになる・・・という負のループにテレビは入ったように見える。

今年7月のアナログ停波は、テレビ業界の終わりの始まりだ。政府の宣伝している「普及率80%」というのは世帯ベースの数字で、台数ベースでは半分強である。つまりお茶の間のテレビは地デジ化されるが、個室のテレビは粗大ゴミになり、若者はタブレット端末でYouTubeやニコニコ動画を見るだろう。

これは日本の会社の置かれている状況の典型である。過去の成功体験から逃れられず、ビジネスモデルを変えないで品質管理に手を抜き、人件費を削減し、下請けを買いたたく。横並びでゆっくり沈んでゆく限り経営者の責任は問われないが、この「ゆでガエル」状況はいつまで続くだろうか。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 青山学院大学非常勤講師 学術博士(慶應義塾大学)

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