ファシズムの影

2011年01月12日 05:44

正月明け何社かの企業を訪問した。リーマンショックから3度目の正月を迎え、それなりに業績も回復中と言う事で、一昨年は当然として、昨年よりも随分表情が明るく感じられた。唯、気に成ったのは、皆一様に停滞する政治に倦んでおり、政治には何も期待出来ないと言う諦めが、ありありと観えた事である。

そして、私を驚かせたのは、韓国の大統領制を褒め、且つ、中国の一党独裁ですら、決断の速さ、変化への柔軟な対応能力から、日本の現体制よりも、遥かに優れているとの評価を聞いた事である。

と言うのは、此の言葉を言った人間が、誰もが知ってる中・高一貫の進学校から一流大学に進み、超一流企業の中枢部門の要職に居る人間だからである。

此の言葉だけを捉え、ファシズムを語るには余りに飛躍のし過ぎではとの批判は無論あるだろう。唯、私は会話の中で彼のファシズムへの暗い羨望を感じたのである。

迫り来る、ファシズムの影を全く予想しなかった訳では無い。唯、私がぼんやり考えたのは、こう言うビジネスエリートでは無く、就活に失敗し、結果正社員に成れ無かった様な若者が、ファシズムの如き極端な考えに傾く事であった。

将来への希望の道が見えず、膿の如く溜りに溜まった、ルサンチマンを抱え込んだ、20代、30代の非正規社員であるとか、そう言う層の、社会に対する何らかの反逆である。

そして、率直に言ってしまえば、不満のマグマを抱え込み爆発させるよりは、適度に発散し政府にシグナルを送り続ける方が、如何に鈍感な政府でもそれなりの反応をするだろうし、日本に取って好ましい筈と言うのが、私の考えであった。

充分な教養があり温厚で、本来何不自由無い超一流企業中堅幹部の此の発言に驚いたのである。

こう言う、本来ファシズムとは最も遠い所に居る筈の人間を誘うものとは一体何だろう。

変化に対し余りに鈍感で、何も決定出来ず、そして如何なる責任も取らない政治。既に役に立たず、民間の手枷、足枷と成って居るにも拘わらず捨て置かれた古い制度。古い制度にぶら下り、本来やる必要の無い業務を仕事と称し、やり続ける公務員。メッセージを発する事の出来無い地方都市。膨張を続ける社会保障費。

詰る所、問題点は既に明瞭なのにも拘らず、動かない政治、動けない政治に匙を投げてしまったと言う事であろう。

考えて見れば、日本を代表する企業の作戦参謀で、常勝を義務付けられてる立場であれば、戦況を素早く理解し、決断出来る軍司令官の登場と活躍を夢見るのかも知れない。確かに、荒唐無稽とは一概に言えない。

優秀であろうが無かろうが、人は漆黒のトンネルを何時までも歩き続けるようには出来て居ない。夜明けの存在を信じ、夜明け前が一番暗いと、自分に語り継
ぎ、自分を勇気づけ、元気づけて、初めてトンネルの出口に向けての歩みを続ける事が出来るのだと思う。

国民は、長きに渡る自民党に拠る利益誘導の政治に愛想を尽かし、一昨年政権交代を実現させた。しかしながら、我々の眼前にある政治の風景は、望んだ物とはまるで違っている。そして、今のまゝでは、此れから良くなるとは全く思えない。

国民を深い失望と諦念に駆り立てるものは、何より此の荒涼とした政治の風景であり、先の見えない事である。そして、政治を諦めた心の隙間に、ファシズムが本来あるべき政治に取って代り何か魅力的なものとして、忍び込み、成長するのかも知れない。

矢張り、政治を何とかしなくてはと本当に思う。

山口 巌
ファーイーストコンサルティングファーム 代表取締役

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