ファシズムの影

山口 巌

正月明け何社かの企業を訪問した。リーマンショックから3度目の正月を迎え、それなりに業績も回復中と言う事で、一昨年は当然として、昨年よりも随分表情が明るく感じられた。唯、気に成ったのは、皆一様に停滞する政治に倦んでおり、政治には何も期待出来ないと言う諦めが、ありありと観えた事である。

そして、私を驚かせたのは、韓国の大統領制を褒め、且つ、中国の一党独裁ですら、決断の速さ、変化への柔軟な対応能力から、日本の現体制よりも、遥かに優れているとの評価を聞いた事である。

と言うのは、此の言葉を言った人間が、誰もが知ってる中・高一貫の進学校から一流大学に進み、超一流企業の中枢部門の要職に居る人間だからである。

此の言葉だけを捉え、ファシズムを語るには余りに飛躍のし過ぎではとの批判は無論あるだろう。唯、私は会話の中で彼のファシズムへの暗い羨望を感じたのである。

迫り来る、ファシズムの影を全く予想しなかった訳では無い。唯、私がぼんやり考えたのは、こう言うビジネスエリートでは無く、就活に失敗し、結果正社員に成れ無かった様な若者が、ファシズムの如き極端な考えに傾く事であった。

将来への希望の道が見えず、膿の如く溜りに溜まった、ルサンチマンを抱え込んだ、20代、30代の非正規社員であるとか、そう言う層の、社会に対する何らかの反逆である。

そして、率直に言ってしまえば、不満のマグマを抱え込み爆発させるよりは、適度に発散し政府にシグナルを送り続ける方が、如何に鈍感な政府でもそれなりの反応をするだろうし、日本に取って好ましい筈と言うのが、私の考えであった。

充分な教養があり温厚で、本来何不自由無い超一流企業中堅幹部の此の発言に驚いたのである。

こう言う、本来ファシズムとは最も遠い所に居る筈の人間を誘うものとは一体何だろう。

変化に対し余りに鈍感で、何も決定出来ず、そして如何なる責任も取らない政治。既に役に立たず、民間の手枷、足枷と成って居るにも拘わらず捨て置かれた古い制度。古い制度にぶら下り、本来やる必要の無い業務を仕事と称し、やり続ける公務員。メッセージを発する事の出来無い地方都市。膨張を続ける社会保障費。

詰る所、問題点は既に明瞭なのにも拘らず、動かない政治、動けない政治に匙を投げてしまったと言う事であろう。

考えて見れば、日本を代表する企業の作戦参謀で、常勝を義務付けられてる立場であれば、戦況を素早く理解し、決断出来る軍司令官の登場と活躍を夢見るのかも知れない。確かに、荒唐無稽とは一概に言えない。

優秀であろうが無かろうが、人は漆黒のトンネルを何時までも歩き続けるようには出来て居ない。夜明けの存在を信じ、夜明け前が一番暗いと、自分に語り継
ぎ、自分を勇気づけ、元気づけて、初めてトンネルの出口に向けての歩みを続ける事が出来るのだと思う。

国民は、長きに渡る自民党に拠る利益誘導の政治に愛想を尽かし、一昨年政権交代を実現させた。しかしながら、我々の眼前にある政治の風景は、望んだ物とはまるで違っている。そして、今のまゝでは、此れから良くなるとは全く思えない。

国民を深い失望と諦念に駆り立てるものは、何より此の荒涼とした政治の風景であり、先の見えない事である。そして、政治を諦めた心の隙間に、ファシズムが本来あるべき政治に取って代り何か魅力的なものとして、忍び込み、成長するのかも知れない。

矢張り、政治を何とかしなくてはと本当に思う。

山口 巌
ファーイーストコンサルティングファーム 代表取締役

コメント

  1. microfilm より:

    世の中のムードや取り巻く環境から、そういうファシズムが台頭しやすい下地ができつつあるのだろうな、と感じます。
    インターネットで瞬時に情報を発信したり管理したり、映像配信できたりと、監視・管理社会に向かう下地も形成されつつありますし、少し心配です。

  2. ksmo2011 より:

    此の国は、既に、マスメディアという圧倒的ファシズムが台頭しています。
     其れは、善行の強制というファシズムです。
     メディアが有名人の犯罪者に、メディアの前で深々と謝罪することを強制しています。
     避けようのない、交通事故の加害者に容赦なく非難を浴びせかけ、厳罰を要求しています。
     善であることを主張するものは、一切の反論を否定します。 其れこそがファシズムの正体です。

  3. galois225 より:

    ファシズムには賛同できないが、気持ちは良く分かります。
    要するに、政治がポピュリズムに終始している現状が馬鹿馬鹿しく感じるということでしょう。  良くある例が、官僚を悪者にする政治家。 財務省が増税を「企んでいる」といった類の表現を聞くたびに寒気がします。 増税に反対する政治家は国民を護る正義の味方というつもりでしょうか。 こういった人気取りが国を衰退させ、駄目にしている。 高速道路無料化も同じ。 

  4. pacta より:

    本来あるべき政治システムなんてものが過去に存在したことがあるんでしょうか?
    歴史を見れば、様々な政治システムが一定期間機能した後、制度疲労を起こして瓦解しました。
    今の日本も戦後日本の政治システム(中央集権型資本社会主義とでも呼びましょうか?)が制度疲労を起こして、次のシステムへの移行を模索している時期でしょう。
    ファシズムをどういうイメージで使われているか分かりませんが、中央集権独裁を意味しているなら、最近の流れは、逆に地方分権(ただし地方自治体内は独裁色が強い)が進んでいるように見えます。
    このままの流れで、連邦制に近い形になるかはまだ分かりませんが、中国と戦争になって挙国一致にでもならない限り、日本が中央集権独裁になることはないのではないでしょうか。
    「本来」ではなく「未来」にどういうシステムがよいか(いずれにせよ完璧なシステムはありませんが)考えるべきと思います。

  5. briefly8dk より:

    長いわ。

  6. nino_gold より:

    ファシズムの影は社会上層に限らず、今の日本には様々なレベルで充分な温床があると思います。

    例えば、10年前は『朝鮮人』という言葉を使う事は滅多にありませんでしたが、近年では割りと普通に朝鮮人という言葉が否定的なニュアンスで使われるのを多く見かけると感じます。

    経済停滞、社会システムの行き詰まり、市民の鬱憤、という背景で見るとこの現象がドイツ社会がユダヤ人をスケープゴートにしたのと似たような構造があるのではないかと危惧します。

    日本人はそれほど愚かではないと思いたいですが、長引く不況や世代間格差の広がり、先の見通しが立たない日本政治の状況を見ていると、その鬱積が「分かりやすい所」に向いてしまう危険は大いにあると思います。

    経済や国の将来にある不安を言い訳に、過去のドイツ人が侵した過ちを日本人が繰り返してはいけないと思います。

    戦後70年、2011現在でもドイツ人は過去のツケを払い続けています。若い世代が外国へ行くとドイツ人だというだけで過去の戦争を理由に、他の国の人達から馬鹿にされたり、非難されたり、そしてそんな扱いを受けても若い世代は「あれは間違いだった、反省している、済まなかった」と言って甘受しなければならないのです。

    今の世代が後の世代にこのような肩身の狭い思いをさせるような理由を作ってはいけないと思います。ファシズムの影はそれ自体が原因なのではなく、病的な社会の『症状』だと思います。

    ファシズムは『症状』ですから、政治や経済が健康でなければ、道を誤る危険はいつでも付きまとうのだと思います。