「海洋国家」日本の採るべき政策

2011年01月24日 09:30

うかつにして知らなかったが、日本が主張している「領海」までいれて計算すると、日本は面積で世界第6位の「大国」になるらしい。そう言われればそうなのだろうと思う。(中国、インド、アメリカ、インドネシア、ブラジル、ロシア、パキスタン、バングラディッシュ、日本が、人口では世界のベスト9と理解しているが、「領海」まで入れた「面積」ではオーストラリアも大国となるので、上記のうちの4国がベスト6から落ちる事になるのだろう。)


「大国」だから嬉しいわけではないが、日本が海洋国家であるという事の意味は、よく噛み締める必要がある。「領海」の持つ意味は、突き詰めれば「排他的漁業権」と「海底資源の利用権」だが、「海底資源」の方が特に将来は重要になる。だからこそ、「尖閣」の問題が日中間の大きな問題となっている訳だし、以前の岡田さんの記事にあった「南シナ海の南沙、西沙両諸島」の問題にも、関心を持たざるを得ない訳だ。

日本には、「尖閣(釣魚島)」と並んで、「北方四島」と「竹島(独島)」の問題がある。何れの場合も、領有権については、中国、ロシア、韓国がそれぞれに日本の主張と異なる主張をしているのだから、強制力をもった国際的な調停の枠組みが作られる日が来るまでは、議論は何時までも平行線をたどるだろう。日本を含む全ての国民が、この問題になると頭に血が上るから、大きな見返りなしに政府が相手国の主張を受け入れることはあり得ないからだ。

島自体の実効支配は、「尖閣」については日本が、「北方四島」についてはロシアが、「竹島」については韓国が行っているから、この状況に変化をもたらそうとする如何なる動きも、大きな衝突を招くことになる。従って、普通なら起こらないだろうという事だ。但し、問題は、この中で「尖閣」だけが若干不安定だという事だ。

北方四島や竹島に日本人が断りなく上陸を試みるなどという事は、ちょっと考えられないが、「尖閣」に関しては、色々な立場の中国人が色々に仕掛けてくる可能性は今後とも大いにある。そして、こういう行動を阻止する為には、結局のところ実力行使しかない。「警察力」の範囲内では不可能となれば、当然「自衛権の発動」という事になる。

(仙谷前官房長官は自衛隊を「暴力装置」と呼んで大問題になった。しかし、仙谷さん達が左翼運動をしていた頃には、「警察は暴力装置」というのはごく常識的な表現だった。「実力」「武力」「暴力」という呼び方如何で、一般の人達には随分違った印象を与えるが、とどのつまりは、みんな同じ事で、話し合いで解決しない問題は、結局は物理的な力で解決するしかないという事だ。警察か自衛隊かという選択は、突き詰めれば、「行使出来る力の強弱」の問題でしかない。)

力が動けば、「逮捕」「拘束」更には「殺傷」に至ることも避けられない。そうなると、些細なことから両国間に報復の連鎖が生じて、その内容もエスカレートし、双方の意に反して両国関係が極端に悪化する可能性は十分にある。色々に仕掛けてくる人達は、まさにそれを狙っているとも言える。

(この際、「正義がどちらにあるか」という事は問題にならない。もともと領有権についての主張が異なっているのであるから、「正義」の主張も異なるのは当然だからだ。)

口に出して「平和」の重要さを否定する人はどこにもいないが、どんな国の国民でも、「争って勝つ」ことを「平和」以上に望むところが心の底にはある。これは、人間の本性としての「闘争本能」や、「他の何よりも『誇り』を優先する心理」に根ざしているので厄介だ。だから、少しでもきっかけがあると、どの国でも隣国に対する敵愾心が燃え上がる。

国民生活の安定と向上に責任を持つ政府は、通常は一般国民より冷静だから、滅多な事では、「平和」や、それがもたらす「経済的利益」は犠牲にしたくないだろう。国民から大きな反発を受けない限りは、「領土問題で妥協してでも経済的なメリットを取る」可能性も、常にあるだろう。しかし、国民の心理が一旦燃え上がってしまえば、全ての選択肢を失う。

北方四島問題の解決は、ペレストロイカ推進の途上にあったゴルバチョフの時代に最大のチャンスがあったが、これは、ゴルバチョフに「日本からの経済協力」にかける大きな期待があったからだ。現政権は、これを見切った瞬間に、国内での人気取りを優先した。「歴史的な事実」や「フェアネス(公正さ)」は、彼等の方針決定には殆ど何の影響も与えない。

しかし、漁業権や海底資源の採掘権の問題だけなら、これは経済問題だから、現実を認識した両当事者がWin-Winのシナリオに合意できる可能性は十分ある。「領有権」の問題は、例えば50年間とか100年間とかの長期にわたって「棚上げ」(「将来の両国民の叡智に委ねる」という表現がいいだろう)にし、漁業権や海底資源の採掘権についての合意のみを行えばよいのだ。

現実に、「竹島」周辺での漁業権の問題は、「どちらの国の漁民も自由に活動できる」という形で、日韓両国間で1998年に合意に達しているし、「尖閣」周辺を含めた東シナ海の漁業権についても、日中間で既に合意は出来ている。「自国領の陸地より46海里までは、それぞれの国が排他的漁業権を持つが、それ以上は両国の漁民がお互いに自由に活動できる」という合意だ。(こういう地域ではコストの安い中国の漁民の方が当然有利になるが、その事については、日本の漁民もあまり目くじらは立てられない。)

しかし、海底資源(具体的には当面はガス田)の採掘権となると、話は別だ。

日本側の主張は、日中両国の「領土」から等距離にある点を結んだ「中間点」を両国の権益の分岐点にするという事であり、これに対して、中国側は、中国大陸の「大陸棚」が広がっている地点までは中国に権利があると主張している。「大陸棚」は論理的に無理があるが、「中間点」となると、「尖閣」の領有権の問題などとモロに関係してくる。領有権の問題は永久に議論していてもよいが、ガス田の探査、開発となると、具体的な行動が待ったなしなので、合意なしに強行すると大きなトラブルに発展しかねない。

だから、この問題については、大上段に振りかぶった議論は避け、双方の経済的利害を調整した「個別的、具体的合意」を計る方が合理的だ。

また、海底油田とかガス田とかになると、掘削の場所は離れていても、海底でつながっている場合は「ストロー効果」というものが生じて、同じガス田に含まれているガスの権利がどちらに帰属するのかが分からなくなる。従って、両国で共同開発をするのが一番合理的という事になる。

そういう観点から、親中的と見られていた福田首相の時代に、実は両国の合意は今一歩というところまで来ていた。具体的には、「東シナ海の北部水域では、日中が共同開発を行い、中国がこれまで探査をしてきた東シナ海南部の「白樺油田」では、中国の国内法に基づいて設立された企業に日本企業が参画する」というものだった。しかし、その後の情勢の変化で、この案による早期妥結は現在のところ目途が立っておらず、これが「尖閣」問題にも影を落としている。

この様に考えると、「海洋国家」日本の将来にとって、「尖閣」問題が極めて大きな意味を持っていることがよく分かる。日本が成すべき事は下記に尽きるだろう。

1)「尖閣」の実効支配の現状にはいささかの変更も許してはならず、不退転の姿勢を貫く。

2)その為に必要な「日米関係のより一層の緊密化」と「日本独自の海上防衛能力の強化」の二つを、同時に推進する。

3)その上に立って、福田首相時代に合意に近づいた「東シナ海の海底ガス田の共同開発案」を、「平等互恵」の精神で早期妥結に導く。

「2)がなければ1)は危うくなり、そうなると、3)も不可能になる」事を、日本人は深く心に刻むべきだ。

なお、「北方四島」の問題は、「経済協力との抱き合わせ」で解決するしか道がないことを心に刻み、辛抱強くその機会を待つべきだ。「竹島」問題は、現状凍結を旨とし、お互いに国民感情を刺激するような行動は差し控えるべきだ。

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