若者受難の時代

2011年02月11日 16:34

昨日に引き続き、今朝もアゴラに面白いエントリーを見つけた。現役の精神科医による、職場環境と適応障害に就いて説明したものである。読んだ感想は、若者は実に気の毒である。それしか言い様が無い。

年功序列を良い事に、企業には中高年が大量に滞留している。膿の塊の様なものであり、辺りには腐臭が漂っている。

若者が此れに耐えられないのは、鼻の機能が正常な為で、何ら若者事態に問題は無い。寧ろ機能が正常であり、喜ぶべき事である。

問題は腐臭を放つ、膿の塊とそれを放置する企業経営者である。企業経営者も、膿の塊の成れの果てな訳で、改善は余り期待出来ないのかも知れない。

何が問題かと言うと、就職すべき企業の選択を誤った事である。古くて知名度のある企業は、社員の平均年齢も高い。平たく言えば膿の塊が大きく、腐臭も尋常では無いと言う事である。

テレビで、連日此の企業の製品のCMが垂れ流されていたとしても、それは当たり前の事だが、製品の美しい映像と、イメージに合ったBGMに過ぎない。企業其の物の、膿の塊が放つ異臭が茶の間に届く事は無い。此処に企業のイメージと実態の落差がある。

そもそも論として、若者は、従業員平均年齢の高い企業に、就職すべきでは無いと思う。そして、間違った方向に誘導する、親、教師、そしてマスコミの業は本当に深いと思う。

一流大学を卒業し、親も喜ぶ企業に就職出来た。此れは確かに親孝行であろう。皆が羨ましがる。お前は勝ち組だと。此れが曲者である。

違和感を感じても、親を悲しませる事が辛く、勝ち組から負け組に転落する事が怖くて我慢してしまう。そして病状を悪化させているのではないか。

大事な事は、人生に「勝ち組」も「負け組」も存在しないと言う事である。こんなものは無責任なマスコミが作った幻に過ぎ無い。確実に存在するのは、個人としての「幸せ」とそうで無いと言う違いだけである。

親も子供の「幸せ」を祈っている。良い企業に就職する事は、本来、その手段に過ぎないのであるが、熱中する余り、手段が目的に成ってしまう。老人の頑固さの弊害は、古来こういうものである。

飽く迄私の推測であるが、精神的に病むのは、子供の頃から、真面目で、親の言う事や教師の指導に忠実であったような、素直な優等生では無いかと思う。

此の手合いは、大体一人で悶々と悩む。そして自分が至らないからこう言う事態に成ってしまったと自分を責める。相談する友人もいない。何より、人に弱みを見せる事が苦手である。そして、結果、孤独と悩みの蟻地獄に落ち込む。

が、しかしである。職場に馴染めないと言うのはそんなに大袈裟な事であろうか。靴屋に靴を買いに行って、出来の悪い店員に唆されて足に合わない靴を買ってしまったと言う程度の失敗では無いか。

足が痛くて我慢出来ないと言うなら、さっさと足に合う靴に買い替えて、古い靴は捨ててしまう事だ。確かにお金は勿体ないが。

私は、人生の時間も金も3割程度は、此の手の失敗で浪費されて行くものと思っている。人間だから仕方無いのでは無いか。大事な事は、失敗を良き教訓として、次は自分に合った職場を選ぶ事だ。

仮に人間関係が苦手とかでも、それこそが個性であり何も悩む事は無い。起業とか違う視点でのアプローチが必ずある筈だ。肝心な事は、自分が幸せに成れるかどうかである。

私自身に就いて言うと、過去2度転職し、昨年末には愈々会社勤めを辞め、起業した。転職では特に年収が下がる事も無かったし、新しい企業風土に触れ、刺激もあり、得る所大きかったと思っている。

起業は経済的には大変だが、今の所食べるのに精一杯と言う程でも無いし、創意工夫で収入を増やす事も刺激的で楽しい。

そして、会社勤めのしがらみが無く成り、自由な時間が出来た事で、感じた事を毎日アゴラに投稿出来る様に成った。此れに拠り、従来の生活では想像出来なかった様な方々と人間関係が出来つつあり、実に刺激的である。

無論、従来の友人も引き続き支援してくれている。私の経験から言えば、人生、我慢せずとも充分生きて行けるし、我慢しても何の良い事も無いと思う。

若者は決して我慢等せず、好き放題に生きて、世の中を引っ掻き廻して欲しいと思う。そして、それこそが、本来若者に与えられた特権の筈である。

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