変わる国、変われ無い国、変わろうとしない国

2011年02月13日 12:24

若者を中心とした反政府運動の結果、エジプトのムバラク大統領は辞任に追い込まれた。今の所、世界は好意で此の政変を捉えている。

西側諸国から見て、エジプトで唯一、行政能力、統治能力を保有する軍が、暫定的に権力の空白を埋めると言うのが大きいと思う。

軍は、早速親イスラエル路線の継続を表明した。固唾を飲んで見守っていたイスラエルもほっと一息と言う所であろう。アメリカも当然同様である。そして、アメリカと二人三脚でやって来た軍が、親米路線を継続する事は既定の事実である。

国民が、イランの如きイスラム革命を望んでいない事も明らかで、懸念された、イスラム同胞団に拠る政権獲得もありそうに無い。

かと言って、民主化の向こうにトルコの如き近代的な「政経分離」を目指しているかと言うと、そうとも思えない。

もしそうなら、イランの如きイスラム国家には大打撃であるし、メッカの守護神を任じ、此れこそが権威の全てであるサウジの王族にも衝撃を与えた筈である。

早い話、ムバラク前大統領一人を悪者にして、本質的な所には触らずに、大団円と成るのでは無いか。巧く行けば、目出度し、目出度しである。

今回のエジプト動乱の影響を最も強く受けるのは、中国であろう。エジプトの如き反政府運動が成り立つ為には、何と言っても国民の間に「共通の価値観」が在らねば成らない。

そして、此の「共通の価値観」の存在を可能にするものは、共通の言語、共通の宗教そして民族の共通と言った所では無いか。

中国は、此の全ての要件を満たしており、且つ、活動の中心と成る怒れる若者の数も半端では無い。

中国は、その輝かしい経済躍進の陰で、空気、水と言った国民が生活する為に必要不可欠なものが汚染され、政治も行政も、中国伝統の汚職に酷く汚染されていると聞く。

一方、次期国家主席は、太子党の近習平氏で既に決まりだそうである。革命幹部が既得権化し、その世襲が進んでいるのでは無いだろうか。

今後、貧富の差が拡大し、経済成長が鈍化すれば、成長の果実の分け前から弾き出された、若者の不満が一気に爆発し、「民主化運動」の御旗の下に、反政府運動は広まる筈である。

中国政府は、当然武力弾圧に出る筈である。第二の天安門事件を西側諸国が果たして許容するか、どうかである。

若者の民主化運動が拡大すれば、異民族として抑圧された状態にある、新疆ウイグル自治区のトルコ系イスラム住民やチベット住民は民主化運動に走る筈である。

トルコ系イスラム住民はトルコを先頭にイスラム諸国が、チベット住民はインドが支援する筈である。

どうも、中国共産党に拠る一党独裁王朝も、ぼちぼち歴史的役目を終え、終焉を迎えつつあるのでは無いだろうか。

変わる事は、基本良い事である。しかしながら、変わりたくても、変わる必要があっても、変われない国が多いのも一方の事実である。

具体的には、アフリカの大多数の貧しい国々である。アフリカ大陸には、現在53の国があり、此の7月に南スーダンが分離独立し、54番目の国に成る筈である。そして、一部の例外を除き、半端で無く貧しい。

私は、若い頃ODAの仕事に携わった経験があり、ヨーロッパのODA担当、コマーシャルアタッシュと話す機会も多かった。彼らは、一様にアフリカの貧しい国々を、「Grant Receiver」の如き表現を使って表現する。

当初は、直訳して「無償援助を供与される国」と理解していたが、その内に彼らの言わんとするのが、今迄も駄目で、今も駄目、そして今後も全く可能性の無い国、と言う意味であると理解した。

日本等とは違い、アフリカを植民地にし、好き放題に統治し、その贖罪の意味もあり、現在援助を継続している外交官の本音であろう。

宗教、民族そして言語が異なる様々な部族が共存するのは、非常に困難な事であり、「国民の共通した価値観」等存在しない。多数派が少数派を弾圧し続ける。唯、それだけの事である。

国境も旧宗主国達が、自分達の都合だけで適当に引いたもので、そこに住む住民の実態は無視されている。それ故、国境紛争は決して終わる事が無い。

アフリカの大多数の国は、絶望的な状況にある。そして何より悲劇的な事は、現状を変える道筋が全く見えないと言う事実である。

扨て、最後は日本である。日本人は基本単一民族と言って良いのではと思う。当然、民族間紛争等存在しない。識字率はほぼ100%で、一部の老人を除きインターネットを使い熟し、アゴラ、Blogosと言ったネット論壇には、百花繚乱の意見が咲き誇る。

憲法で、宗教の自由が保障され、此れも百花繚乱である。賢明な日本人は、個々の宗教を消化し、吸収し、自らの文化に定着させる事に成功した。従って、日本に於いては、外国で見られる、宗教間対立等存在しない。極めて稀有な例である。

こう考えると、日本は、本来、最も変化への対応能力がある国の筈である。しかるに、此の20年間、国民は変化の必要性を理解し、閉塞状況を打開せねばと思いながら、結局何も出来ていないのが実情ではないか。

変化を阻む、「既得権益」の破壊に向けての、国民的合意、行動を真剣に考える時期に来てるのでは無いか。

本来、此の動きの主役たるべき、若者も、どうも「草食化」を通り越し「草」そのものに成った様だが、草食動物にむしゃむしゃと食べられる存在で、本当に由とするのであろうか。

此のままでは、余り良い未来は期待出来ないと危惧する。

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