受験問題のほうが、現代にそぐわない - 小林秀行 

2011年03月01日 13:37

京大の受験問題が質問掲示板にアップされ、解答を求めていたことが話題になっている。調査すると、どうやら他の大学入試でも同様のことが起きていたようだ。「大学入試の問題が、試験時間中にインターネットの質問掲示板に投稿されていた。携帯電話から流出したとみられ、判明しただけでも京都大、早稲田大、立教大、同志社大の難関・有名4大学に及んでいる」(毎日新聞2011/2/27より抜粋)


これに対して受験生や教育者達は、「学生の勉強の努力を無駄にする行為」と憤慨。大学側は、今回の事件が業務妨害に当たるとして、京都府警に被害届を提出する方向。ちまたでは、「誰が犯人か?」と推理情報が飛び交っている始末。このように多くの人を騒がしている事件であるが、私としては「もう今の筆記試験のテストには限界がきているのかな」と考えてしまう。最近のネット検索の事情から、少し考えてみよう。

「ググれカス」という有名な言葉が代表するように、分からなければGoogleなどの検索エンジンで調べる時代。ところが、パソコンやスマートフォンがこれほど身近なインターフェースになっているのに、未だに検索することに対して抵抗感をもっている人がいる。「ネットに依存していると、自分で物事を考えなくなる」等々批判をする人に出会うが、私には理解できない。

「検索する」というのは「人に聞く」というのと、全く異なる。「人に聞く」というのは、勇気は必要だが能力は必要ない。しかし「検索する」というのは、必要な情報を的確に検索する能力が必要で、「辞書を引く」に近い。昔なら、単語が分からなければ英語辞典、電話番号が知りたければタウンページを使ったかもしれない。そして、そうした書籍からの「検索」は良しとするのに、今のネットの「検索」は良しとされないのは、何故か。時間をかけてやれということかも知れないが、現代では非効率であり、求められているのはコツコツ型ではなくスピード型である。

話を元に戻すが、今回の事件は、ネットで「人に聞く」という行為を行っているので、もちろん悪い。しかしこれからもっと技術が進歩し環境が整ってくる中、「監視を厳しくする」「携帯電話の電源オフを確認する」という対策だけでは、限界がくるだろうと思っている。本質的な対策として、大学側は試験方式を変えていかなければならない。ネットには聞けない応用問題を作る、面接試験を盛り込む、などで真の思考能力を測る方法を模索すべきだ。そしてそれこそが、今の検索時代に求められている能力なのだから。効率性に欠けることもあるが、優秀な学生を世界に輩出したいトップ大学であれば、それくらいはして欲しい。
(小林秀行 神戸大学経営学部 忽那ゼミ卒業生)

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