受験問題のほうが、現代にそぐわない - 小林秀行 

アゴラ編集部

京大の受験問題が質問掲示板にアップされ、解答を求めていたことが話題になっている。調査すると、どうやら他の大学入試でも同様のことが起きていたようだ。「大学入試の問題が、試験時間中にインターネットの質問掲示板に投稿されていた。携帯電話から流出したとみられ、判明しただけでも京都大、早稲田大、立教大、同志社大の難関・有名4大学に及んでいる」(毎日新聞2011/2/27より抜粋)


これに対して受験生や教育者達は、「学生の勉強の努力を無駄にする行為」と憤慨。大学側は、今回の事件が業務妨害に当たるとして、京都府警に被害届を提出する方向。ちまたでは、「誰が犯人か?」と推理情報が飛び交っている始末。このように多くの人を騒がしている事件であるが、私としては「もう今の筆記試験のテストには限界がきているのかな」と考えてしまう。最近のネット検索の事情から、少し考えてみよう。

「ググれカス」という有名な言葉が代表するように、分からなければGoogleなどの検索エンジンで調べる時代。ところが、パソコンやスマートフォンがこれほど身近なインターフェースになっているのに、未だに検索することに対して抵抗感をもっている人がいる。「ネットに依存していると、自分で物事を考えなくなる」等々批判をする人に出会うが、私には理解できない。

「検索する」というのは「人に聞く」というのと、全く異なる。「人に聞く」というのは、勇気は必要だが能力は必要ない。しかし「検索する」というのは、必要な情報を的確に検索する能力が必要で、「辞書を引く」に近い。昔なら、単語が分からなければ英語辞典、電話番号が知りたければタウンページを使ったかもしれない。そして、そうした書籍からの「検索」は良しとするのに、今のネットの「検索」は良しとされないのは、何故か。時間をかけてやれということかも知れないが、現代では非効率であり、求められているのはコツコツ型ではなくスピード型である。

話を元に戻すが、今回の事件は、ネットで「人に聞く」という行為を行っているので、もちろん悪い。しかしこれからもっと技術が進歩し環境が整ってくる中、「監視を厳しくする」「携帯電話の電源オフを確認する」という対策だけでは、限界がくるだろうと思っている。本質的な対策として、大学側は試験方式を変えていかなければならない。ネットには聞けない応用問題を作る、面接試験を盛り込む、などで真の思考能力を測る方法を模索すべきだ。そしてそれこそが、今の検索時代に求められている能力なのだから。効率性に欠けることもあるが、優秀な学生を世界に輩出したいトップ大学であれば、それくらいはして欲しい。
(小林秀行 神戸大学経営学部 忽那ゼミ卒業生)

コメント

  1. アバター画像 bobbob1978 より:

    アインシュタインの逸話に次のようなものがあります(Wikipediaより抜粋)

    簡単な数字や記号を記憶することが苦手だったとされる。ある新聞社のインタビューの中で、光速度の数値を答えられず、記者から揶揄されると「本やノートに書いてあることをどうして憶えておかなければならないのかね?」とやりかえしたという。

    私も同感です。単に情報の断片を数多く覚えていても、それを使うことは出来ません。
    「点」のような情報を集めることに意味はなく、情報と情報の関連である「線」や「面」を理解することに意味があるのです。大まかなことだけ覚えておき、必要に応じて復習すればいいのです。
    「学びて時に之を習う、亦た説ばしからず乎。」
    知識量を競うのではなく、知識の使い方を競う選抜制度が望まれます。

    と、言いたいところですが、これは理想論です。理想を実現するにはコストがかかります。それに関してはLilacさんが
    http://news.livedoor.com/article/detail/5375450/
    で書いています。
    入試制度の問題は、最終的には「入試にどれだけのコストをかけるか」という点に行きつくでしょう。
    現在日本が入試に掛けているコストでは現在の制度が限界なのではないかと思います。

  2. アバター画像 はんてふ より:

    >>「ネットに依存していると、自分で物事を考えなくなる」等々批判をする人に出会うが、私には理解できない。

    仰る通り、この批判は的外れです。何故なら、「ネットに依存するほど、自分の頭で考えたがる」から。その理由はこの論でもあるように、

    >>「検索する」というのは、必要な情報を的確に検索する能力が必要で、「辞書を引く」に近い。

    これがその理由。辞書と同じく、いやそれよりも「高度に一意な」解答を検索するのが、ネット検索だと思います。高度に一意であればあるほど、それは自分の考えとして追加的にストックされ、ハイパーリンク的な学びがあるのです。

    >>現代では非効率であり、求められているのはコツコツ型ではなくスピード型である。

    「高度に一意な」答えを得るためには、体系的な知を学ぶ必要があるし、その能力があって初めて「スピード型対応」が可能になります。

    トラブル対応検索が充実しているサポートセンターを考えてみましょう。そのサポートの専門分野に通暁していれば(=体系知)、高度な検索などを補助として、即座に的確な対応ができます。そうでないバイトや派遣の女の子は、逆にマニュアル的な対応(=ハイパーリンク的知性)しかできません。

    つまり「低度に一意な」解答しか出せない。低度/高度は、明らかに体型知の習熟度による差であります。初心者が高度に一意な答えを得る検索システム、これが次世代検索とされてきた「意味解析検索(シマンテック・ウェブ)」でしょうが、これは非常に困難な事だと思う。そしてそれですら、初心者が高度に一意な答えを得る「だけ」という構造は変えられない。

    「スピード型人材」の知性は、検索自身によって高度化するものではない。検索結果のページは、何千枚めくろうと、それ自身が体系知を示しているわけではない。アルゴリズムによる収集と、収集家の収集との差は、現在の技術と理論では埋められないと私は思います。

  3. アバター画像 backstreet0219 より:

    設問作成者の裏をかけよとよく高校教師から言われたものであるが、今回の知恵袋事件は入試制度を手玉に取った活劇である。大学当局は制度改革を早急に進めていくべきである。