日銀による復興債の直接引き受けに断固反対する

井上 悦義

確かに、日本経済の危機である。当初は東北地方だけの影響にとどまると思われた今回の大震災は、福島原発を中心とした発電所を津波が襲ったことで、首都圏の電力供給に支障を来たす事態となり、日本経済の約4割を稼ぎ出す首都圏にも大打撃を与えようとしている。

そこで、原発事故や計画停電の影響も織り込み、数十兆円もの復興費を日銀による国債の直接引き受けで調達せよ、という主張が出始めている。

これに断固として反対する。


戦前から戦後の歴史や教訓を忘れたのか。積極財政によって日本経済を立て直してきた高橋是清は、1931年に蔵相に就任すると、1932年11月に日銀による国債の直接引き受けを始めた。日銀が引き受けた国債もその大半を市中売却することで市場の余剰資金を回収し、インフレ率を高めることなく、世界のなかでいち早く世界恐慌から脱出して景気回復を実現した。

しかし、インフレの兆しが見えたため、国債の発行を減らそうとした高橋是清は、軍事費の削減につながると猛反発を受けた軍部により、1936年2月の2・26事件で殺害された。その後、暴走した軍部は、この日銀による国債の直接引き受けを悪用する形で戦費を調達して、戦争へ突き進み、終戦を向かえることになる。そして、戦後の日本ではコントロール不能な激しいインフレが起き、預金封鎖、新円切替、財産税の徴収も実施された結果、国民生活は破綻した。

その反省を生かして、現在の「赤字国債」と「日銀による国債の直接引き受け」を禁止した財政法が1947年に制定された。安易に赤字国債を発行し、政府が発行する国債を日銀が直接引き受けては、いつかコントロール不能な激しいインフレという大きな副作用が到来するという教訓からこの財政法ができたのだ。

しかし、既にかなりの財政規律が失われている。財政法第4条の但し書きで認められた「建設国債」だけでなく、公債特例法を制定させることで、毎年「赤字国債」も発行され続けている。公共事業で建設された社会資本は後世にわたって使用が可能なため、「建設国債」はまだ正当化が可能だが、赤字を補填するために発行される「赤字国債」は将来世代に負担を強いるだけとなるため、本来は正当化できないものだ。

また、当初は建設国債だけであった「60年償還ルール」の適用範囲が「赤字国債」にも拡大されたため、国債の借換えが常態化することになり、平成23年度は111.3兆円もの「借換債」が発行される予定だ。

さらに、日銀が保有する国債の借換えにおいては、日銀による国債の直接引き受けが既に実施されている。もちろん、これは新規に発行された国債(新発債)までも日銀が直接引き受けるということを意味しないが、これを逆手に取り、日銀が保有する国債の借換えだけでなく、新発債も直接引き受けをさせよ、という主張もなされている。

確かに、一部が主張するように、今回の数十兆円単位の国債(新発債)の引き受けだけで、国債や通貨の信認は失われないのかもしれない。しかし、この成功に味をしめて、日銀による国債の直接引き受けが常態化し、戦前、戦後と同じ道を辿る危険性はないのか。禁止されているはずの「赤字国債」の発行もいつの間にか、毎年発行しているではないか。新発債までも直接引き受けをして、財政の規律が保てるのか。「国債の市中消化」という大原則は、死守すべき、残された数少ない砦の一つなのではないのか。市場に誤ったメッセージを送り、長期金利の急騰が100%ないと断言できるのか。長期金利のわずかな上昇が、金融機関にどれ程のダメージを与えるか理解しているのか。

復興の財源は、やはり、まずは4K(こども手当、高速道路無料化、高校授業料無料化、農業戸別所得補償制度)と呼ばれる、総額3兆3千億円にもおよぶ予算の凍結を最優先すべきだ。1兆1600億円が計上されている予備費や、法人税の引き下げの撤回も合わせて考えれば計5兆円程度の財源の確保は可能になる。復興が最優先である以上、当然これらの施策は二の次だ。これら法案の成立阻止に全力を挙げることなく、このような副作用の大きな政策を声高に訴えても「一切」説得力がない。まったく心に響かない。

また、現実的に、被災地の受け入れ体制が整っていないこともあり、平成23年度の単年度で数十兆円もの予算は消化できないだろう。復興事業は複数年にわたって続くのだ。複数年度にわたって、これらの政策を見直していけば、さらに多くの復興費の捻出も可能となろう。そのうえで、足りなければ臨時増税をし、新規国債を「市中消化」すれば良い。先日の共同通信の世論調査では約7割が増税に賛成している。

間違っても日銀による国債の直接引き受けだけは行われないことを願う。いずれ常態化してしまう危険性がある。そうなれば、戦後と同じ道を辿り、「全国民生活の破綻」という悲劇を向かえることになる。

井上 悦義(アゴラ執筆メンバー) 
ブログ:http://d.hatena.ne.jp/etsuyoshi/ Twitter:http://twitter.com/etsuyoshi

コメント

  1. powerpoint1 より:

    予算の削減や組み替えでは足りませんよ。
    被災地の復興はやらないおつもりですか。
    是清が引き締めに転じたのがわかってるなら
    それが正しい順序なのでは。
    今、歳出削減なんてデフレを深刻化させるだけです。
    円高でガタガタなのに金融緩和と財政出動、通貨安
    を同時に実行できるには日銀直接引き受けが
    一番良いと思いますよ。
    もっとも長期国債の買い増しでもいいのですけどね。

  2. hariwo より:

    私は断固として賛成です。
    金融機関にはダメージを与えて、それをきっかけにして本当の銀行の役割にきづいてもらいたいです。国債買って、金利上昇でガタガタふるえているのが役割ではないですよね。
    増税にも反対です。所得税・消費税増税によって、今月財布に入るお金や今日物を買うために財布から出て行くお金にさらに課税したらどうなるでしょうか。復興にとって日本経済にとってプラスになるでしょうか。
    ざっくりとですが日本経済の停滞は、資本が今必要な人にうつっていかないことだと私は考えます。ですから、今月財布に入るお金や今日物を買うために財布から出て行くお金ではなくて、何年も何年も無駄に財布の中にほったらかしにされているお金こそ、課税され、財布から出て行くことのインセンティブが与えられるべきだと思います。
    今回、日銀の国債引き受けが実行されれば、財布の中に長い間ほったらかしにされているお金の価値が薄まって、消費し財布から出て行くインセンティブが生まれます。非常に良いことではないでしょうか。
    日本人は混乱するのがこわいからいやだから、今あるおかしなことでもやり続けるのをいいかげんやめないといけません。

  3. powerpoint1 より:

    昭和の狂乱物価は福田赳夫が緊縮財政で抑えましたよね。
    あれには賛成ですよ。
    逆に田中角栄はデフレ型の不況でないのに財政出動に
    頼ったので問題がありますね。
    経済の状況によってマクロ政策は異なるのが当然なのでは
    ないですかね。

    インフレ抑制ならやり方は色々あるのでは。
    日銀が得意とする所だと思いますよ。

  4. komeumai より:

    >>日銀が保有する国債の借換えにおいては、日銀による国債の直接引き受けが既に実施されている。

    これは驚きました。財政法の脱法行為がすでにおこわなわれていたとは・・・こういうインチキがまかり通るなら日銀がオペでいくらでも国債を買えば同じことではないでしょうか。度が過ぎると金利上昇を招くでしょうが。

    それにしてもこちらも世の中も復興一色ですが、そもそも復興を財政的に手当てする必要ってあるんでしょうか?法律の整備と必要なインフラの補修と治安の確保で十分なのでは?復興とはその地域の住民が自主的にやるものです。そのための支えにはなるべきですが、過大な干渉は慎むべきです。

  5. powerpoint1 より:

    満期保有分を乗り換えやって長期金利が上がりましたか。
    巨額の為替介入のための国債発行やってインフレが
    止まらなくなりましたか。

    いくらでも買えなんて暴論でしょう。
    デフレを抜けたらそれこそ金利の調整でコントロール
    できるようになるでしょうに。
    その場合には財政の役割は小さくなりますね。
    順序を間違えてはいけませんな。

    >>必要なインフラの補修と治安の確保
    お金が必要なんですが

    >>地域の住民が自主的にやるものです
    生活基盤も産業も壊滅してます。
    見殺しにする気ですか。

  6. komeumai より:

    こちらはコメントをするところで自己主張や水掛け論的な議論をする場ではないと思うので少しだけ。

    日銀保有の国債の借り換えについては某所で詳しい解説を読みました。1年間という期限付きとのことで、それなら問題ありませんね。脱法ではありません。しかし、この某所でも述べられていましたが、これを根拠に日銀の国債引受は既成事実と主張するのは意味不明です。赤字国債の借り換えのようななし崩し的論理です。

    復興について誤解を恐れずに言えば、お金が必要なら自分たちで市場から調達すべきということです。

  7. powerpoint1 より:

    長期国債の買い切りすら増やそうともしてないでしょ
    日銀は。通常でやれることすらやってませんよ。

    要するに円安誘導しつつ、財政出動と併用するために
    日銀引受をやったらポリシーミックスとして最適じゃないか
    ってことでしょ。政府紙幣も同様の考え方ですよ。

    >>お金が必要なら自分たちで市場から調達すべきということ です

    あなたは被災してませんが、多くの方は仕事も財産もなくしてます。そんな人に銀行が融資できますか?被災者に
    国が無利子融資していくぐらいは当然だと思いますよ。