意味不明な「国債の日銀引き受け」

池田 信夫

震災の復興財源をめぐって議論が始まっています。一つの論点は増税か国債発行かということですが、20兆円ともいわれる復興財源を増税だけでまかなうことは困難なので、国債の増発は避けられないでしょう。それはいいとして、一部で高まっている「日銀引き受け」論は、意味不明です。


たとえば中川秀直氏は「今が財政法第5条のその特別な事由でなくして、何が特別な事由なのか」と国会決議による日銀引き受けを主張し、産経新聞の田村秀男編集委員は「100兆円の復興国債」の引き受けを主張しています。彼は

政府は国債の暴落懸念を引き起こさずに、100兆円を上限に国債の形で日銀から長期借り入れできるだけのゆとりがある。というのは、政府はこれまで国民の預貯金を100兆円借り上げて米国債を保有している。政府は必要なら、日銀に米国債を担保として差し出せばよい。

と書いているが、それなら普通に国債を発行して何の不都合があるのでしょうか。国債は今でも入札で順調に消化されており、震災後も長期金利はやや上がったものの、1.2%台で落ち着いています。100兆円の担保があって心配ないのなら、日銀に引き受けさせなくても、普通に入札すればいい。

彼らがよくいうのは「1930年代に高橋是清が国債の日銀引き受けでデフレから脱却した」という話ですが、当時は国債の市場がほとんどなく、大不況で買い手もいなかったから、日銀が引き受けたのです。国債を中央銀行が引き受けることは別に「禁じ手」ではなく、国債を直接買っている中銀もあります。市場で国債が消化されていれば、中銀が市場から買うのも政府から買うのも同じことです。

逆にいうと、政府が強制的に日銀に引き受けさせることが特別なのです。国会決議で日銀に引き受けを強制するのは「国債が通常の入札では消化できない」というシグナルを市場に送って長期金利の上昇をまねくおそれが強い。さらに井上さんもいうように、財政規律が失われて財政破綻が早まるリスクも大きい。

リフレ派のねらいは、国債の引き受けによって日銀に通貨を供給させようということらしいが、日銀は震災後に110兆円以上の資金を供給しています。これは市場から国債を買っているので、日銀が国債を引き受けるのと同じです。「100兆円規模の資金供給」は非常手段でも何でもない。このように初歩的なマクロ経済学も理解していないジャーナリストが「非常時」がどうとか勇ましい話で財政支出を迫り、金をばらまくのが好きな政治家がそれに便乗する図は、昔の自民党時代に戻ったような印象を受けます。

コメント

  1. yamaguchiiwao より:

    全くその通りと思います。そもそも海外のドル資産はこういう非常時にこそ活用すべきで復興資金捻出の為に売却し国内に還流すべきでしょう。当然円高になるので必要な資材をまとめて海外より購入するとか。。。。本当は池田先生の様なものの判った方が官邸の顧問とかに就任すべきなのです。類は友を呼ぶと言うか、何と言うか無能で保身が全ての菅首相の回りには、似たり寄ったりの人間が集まり、結果、官邸が機能不全に陥っていると思います。民主党は最も首相にしてはいけない人間を首相にしてしまいました。それから、中川議員とかサンケイ新聞終わってますね。
    山口 巌

  2. 池田信夫 より:

    補足しておくと、田村記者が「100兆円の復興国債」で主張する財政支出の増額は、日銀が引き受けるかどうかとは別の話。今100兆円の財政赤字を出したら、いくら担保があっても長期金利が暴騰して財政は破綻するでしょう。ここでは、それはあえて無視して、彼の仮定が正しいとしても無意味だといっているのです。

    彼はバカな記事ばかり書いて日経を追い出され、今や夕刊紙になった産経でもホラ吹き記事ばかり書いているが、もう誰も相手にしない。リフレ派が自滅する見本です。

  3. ganz007jp より:

    確かに国債を普通に発行すればいいと思います。
     中川氏の発言は、結局「日銀」を政治の支配下に置きたいからではないでしょうか。
     
     中央銀行がマネー供給を担っているから、政治がコントロールしたいという意識が働きがちだとは思いますが、現在のデフレはマネー供給の問題で発生している訳ではないでしょう。
     政治がビジョンを示し、リーダーシップを発揮できていない結果が日本景気に重くのしかかっているのであり、それを中央銀行を支配することで解決しようとするのは、本来の筋ではないと思います。
     また米国リーマンショックを見ると、グローバル経済の中で本当にマネーの動きを制御することなんて、最早できないと感じます。

  4. hogeihantai より:

    >1山口氏

    1兆ドルの外貨準備は政府短期証券(FB)を発行して民間や日銀(FBは日銀の直接引き受けが可能)が引き受けたお金を原資にドルを買ったもので、1兆ドルを売却してもFBの償却にまわるだけの話です。円高で巨額の為替差損さえ出るでしょう。従って国の海外資産を売却しても復興資金にはなりえません。

  5. minami2680 より:

    池田先生の意見は正論だと思います。長期金利が上昇し始めインフレが顕在化すると、ハイパーインフレという悪魔が日本経済を闊歩するようになるでしょう。良いとか悪いとかは別として、震災が起こる以前から財政については懸念されていたことだし、日本経済は瀕死の状態だったことを鑑みると、国債の日銀引く受けは日本経済の終わりの始まりです。
     不謹慎ですが、 逆説的に考えてみて、日本経済をいったんリセットさせるつもりで、国債の暴落をさせてみてはいかがでしょうか?悪性のインフレが国民の生活を襲うことは承知してますが、私たち30代の世代から見ると、世代間の不公平さをなくすのは、インフレによる冨の破壊、既存価値観の破壊、そしてゾンビ企業の破壊を待ち望むしかないのです。
     池田先生の意見は正論ですが、私たち搾取される世代から見ると高齢者が生活しやすい金利や経済環境を整える手段にしか思えてならないのです。