原発事故は「文明災」か

2011年04月15日 16:10

山口さんの記事にもあるように、政府の復興構想会議の様子を見て私も不安を覚えました。特に厄介なのは、特別顧問の梅原猛氏が会議の議題に原発を加えるよう強く要求し、「原発事故は文明災だ」などと述べたことです。彼は「週刊東洋経済」などでも同じような話をしているので、これは持論なのでしょう。彼は次のように原発を断罪します:

一般の人々の道徳心が高い一方で、政治家、実業家、学者、芸術家などの多くが、道徳心を失っている。特に政治家は、金銭欲、権力欲にとらわれ、私的利益ばかり追っている。また、スリーマイル島やチェルノブイリの反省も生かさず、今回福島でも事故を起こした原子力発電を推進している東京電力は、優良企業と呼ばれてきた。しかし、これはどこか間違っていたのではないか。

今回の事故は、あらためて近代文明の是非を問い直し、新しい文明を作るきっかけにもなるのではないか。まずは日本が率先して原発のない国を作り、それを世界に広げていくべきだと思う。


そして彼は日本の課題として「代替のエネルギーとして太陽光エネルギーの研究を進める」ことと「過剰なエネルギーを浪費するような生活から脱却すること」を説く。こういう西洋文明が反自然的だという批判は古くからあり、たぶん代表はフランクフルト学派ハイデガーあたりでしょう。梅原氏の議論は、それにお得意の日本人論を組み合わせたものです。

問題は、そこから「原発のない国を作る」という政策提言が出てくることです。これもよくある話で、フランクフルト学派のロマン主義は、かつて学生反乱のイデオロギーとなり、その後はエコロジー運動の思想となりましたが、何ひとつ建設的なものを生み出さなかった。いくら「エネルギーの浪費からの脱却」を説いても、人々はいったん得た豊かな生活を捨てないからです。

梅原氏は太陽光エネルギーが原発の代わりにならないことぐらいは理解しているようですが、彼のいう「1000年先」を見越すと、化石燃料にいつまでも依存できないことも明らかです。原子力を拒否すると、資源のない日本の生活や産業は国際政治に振り回される不安定なものになりかねない。

エネルギー産業は、環境汚染や人身事故の避けられない「汚い産業」です。それはウェーバー的にいえば「悪魔との結託」によって地球の資源を略奪する産業なので、手段の良し悪しをを論じることには意味がない。実は化石燃料のほうが、潜在的には原子力より(大気汚染や事故で)多くの命を奪っているのです。梅原氏のようにエネルギー産業に「道徳」を求めるのは、手段を自己目的化した「心情倫理」です。

ハイデガーもウェーバーも認識していたように、科学技術という「禁断の実」を食ってしまった現代人は、もう昔の貧しい生活に戻ることはできない。可能なのは道徳的な生活ではなく、大きな悪と小さな悪の中からの選択であり、手段ではなく結果に責任を負うことです。そういう「責任倫理」から考えると、残念ながら原子力という凶悪なエネルギーを人類は捨てることができない。

いずれにせよ、復興構想会議で原発の是非を議論するのは、会議をますます迷走させて、切迫している復興の作業を遅らせるだけです。文明論は他でやっていただき、復興構想会議は都市計画や規制改革などの実務的な問題に特化してほしいものです。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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