リスクと不安

2011年04月18日 09:52

池田信夫先生のこの記事を読む以前は、不安は個人が抱えるリスクに起因するものであり、丁度コインの裏表の如き関係であると単純に考えていた。

率直に言って、リスクが大きければ不安も大きい筈と言う極めて単純なものである。しかしながら、この記事に触発され考えてみたが、リスクは科学的、工学的に分析可能で極めて定量的なものである。

一方、不安は記事にもある通り、恐怖予期せぬ変化に過剰に反応し、時として理性と言う安全装置を吹き飛ばし暴走する。

この、リスクと不安の非対称性が原発問題を複雑にし、若しかしたら手に負えないものにしてしまっている可能性がある。

少し冷静に考えれば、原発が石炭火力に比較して殊更危険でないことは明らかである。核分裂を起こすウラン235と核分裂を起こさないウラン238との配合比率により、連鎖反応による核爆発など有得ない。

こういう知識があれば、少なくとも核爆発に就いては何の不安も本来持たなくて良い筈なのだ。

一方、石炭火力は余程しっかり排ガス対策、詰まりは脱硫、脱硝対策を施さねば、近隣住民に確実に健康被害が出る。

北京から帰国の東大教授、玉井克哉氏昨日の呟きが笑える。

天安門広場は黄砂がひどく、快晴でも空は真っ白。同行したアメリカ人、「ここに一日いると、一日寿命が縮みそう。東京行きたい」だって。

中国国内に於ける電源の約80%は石炭火力であり、排気ガスに含まれる毒性の強い硫化化合物、硝酸化合物と黄砂が結びつき複合汚染を起こしている可能性が高い。

冗談ではなく、こんな空気を吸っていたら寿命が縮むのは明らかだ。住民が騒がないのは、これが既に日常的な風景になっており、リスクをリスクとして正しく認識していないからであろう。

この話は決して他人事ではない。黄砂は風に乗って日本列島まで飛んで来る。結果、石炭火力が排出する、原発の放射能汚染等より遥かに健康被害をもたらす有害物質に日本が汚染されている。

国別電源-1

何が言いたいかと言えば、住民の生命や健康被害へのリスクの大きさと、住民の不安の大きさがミスマッチしている可能性が高いと言う事実である。

それでは、日本は原発関連一体何処で間違えたのであろうか?

ところが地元や反対派は「リスクをゼロにしろ」と主張し、国と電力会社は「リスクはゼロだ」と言い張ってきました。このため、ちょっとした水漏れが起こるたびに、反対派が「やっぱり危険だ」といえば電力会社が「これは安全に支障のない『事象』だ」と言い張って情報を隠蔽し、相互不信が増してきました。

今後の日本のエネルギー政策を考える場合、原発を新たに建設することは当分は無理だとしても、既存の原発を止めることはできない。安全対策を講じた上で、そのリスクについて理解を求めるしかないでしょう。その場合、大事なことは、原発は危険だという今や自明の事実を前提にしてリスク負担を考えることです

http://news.livedoor.com/article/detail/5480114/

ボタンの掛け違いは原発稼働に伴うリスクの中身とリスクの大きさ、そしてそれが負担可能である事を政府が国民に説明する事を怠り、リスクはゼロだと強弁し続けた事に起因すると思う。

結果、地域独占と引き換えに、政府の強い監督の下にある電力会社としてはこれに従わざるを得ず、原発はリスクゼロの如き事実と異なる宣伝をせざるを得なかったと言う所ではないだろうか?

どうもこういう汚れ仕事を電力会社に押し付け、二酸化炭素削減の成果であるとか、電源に於ける石油シェアの好ましい低下などの手柄を政府が独り占めして来た気がする。飽く迄推測であるが、この辺りが政府と電力会社のわだかまりと言うか、愛憎とでも呼ぶか、兎に角、一筋縄では行かぬ年季の入った捻れの背景にあるように思う。

次に問題を膨らませたのは、リスクの具体的中身と大きさをしっかり考えようとせず、漠然とした不安を膨らませるに留まった、国民の知的怠惰があると思う。

最後にマスコミの責任も大きいと思う。原発に限らず、石炭火力であれLNG発電であれ、可燃物を取り扱う以上はある程度のリスクは伴う。その意味、製油所、石油化学コンビナート、高温、高圧の化学反応を扱う化学プラントも同様で、リスクはゼロではない。こういう少し考えれば判る理屈を無視して、原発はリスクゼロ的なCMを流し続けた事は、実に罪深い行為と思う。CM考査など有名無実に違いない。

最近勝間氏のお詫びコメントがネットを賑わしている。私の理解する所、この方は先ず自己啓発関連本を書いたり、セミナーを準備したり、予め導線を貼った上で、若者の将来に対する不安を煽りに煽り、不安をネタにマネタイズに成功された方であると思っている。

今回どういう風の吹き回しか、原発に対する国民の不安払拭に回られた訳であるが、これは不安を煽るより遥かに難易度が高い仕事である。先ず第一に理論武装が必要だし、既に述べた通り、原発のリスクゼロは理論破綻している。

結果、勝間氏がリスクがないと説明すればする程、国民の不安が増大し、この事に勝間氏が不安を募らせお詫びコメントに繋がった様に思う。実に滑稽極まりない話である。

原発に話を戻せば、3.11以降で必要な事は国民がしっかりと原発と対峙し、確実に存在するリスクを見極め、撤退と継続の得失を精査する事と思う。こういう事をやれば、少なくとも原発に対する漠然とした不安は解消される筈である。

山口 巌

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