「やばいぞアメリカ」(1)― 劣化した顧客サービス

2011年05月23日 12:43

東日本災害は日本の巨大組織が無能である事を世界に晒して仕舞いました。それと同時に、行政や組織の及ばない領域での日本人の水準の高さも世界の知る処となりました。この水準の高さの根源が何かは特定できませんが、組織やシステムの不備を自主性で補う日本人の国民性にあるのではないでしょうか。


それに引き換え、最近のアメリカは「合衆国(United States)」とは名ばかりで「分離国家(Divided States)」の様相が益々強くなり、色々な意味で国のほころびが目立ちます。その一因は、世界最大のロビー団体(自分の利権や見解を政治に反映させる為の組織)である日本の官僚機構を上回るロビー団体が米国で跋扈し、国民が利己的になった事にあります。中には、社会に有益な活動をしているロビー団体もありますが、その運動の性格上、国民を「大同を捨てて、小異につかせる」事が欠点です。

日本国民が今回の災害で示した「小異を捨てて大同に就く」精神を保ち、不全に陥った行政や巨大企業の改革に取り組めば、日本は世界の尊敬を集める一流国家になる可能性は大いにあると意を強くしました。

それに対し、コンビ二からIT産業に至るまで、常に「サービス産業」で世界をリードして来たアメリカが、接客サービスが劣悪なレベルに堕ちて仕舞った事は「アメリカ社会のほころび」の表れだと思います。

米国の粗悪な顧客サービスによる不快感は、米国の航空会社に乗った時から始まります。客室乗務員を呼ぶボタンをいくら押しても知らない振りををして通り過ぎる客室係から始まり、ニューヨークの空港の薄汚いバッゲッジクレームのターンテーブルで,疲れ切った表情で荷物を粗末に扱う空港の従業員の態度に不快感を覚え、壊れそうなカートを有料で貸す図太い神経に呆れ、客引きの間を通り抜けてやっとタクシー乗り場へたどり着き乗車したタクシーの、汚さや運転手の不親切さには只呆れるばかりです。

日本の都会の清潔さと、真面目な従業員の態度に慣れ親しんだ人には、これがサービス産業先進国のアメリカだとはとても信じられません。
ほぼ半世紀も昔に、サンフランシスコ空港でアメリカ大陸への第一歩を印した私は、日航機の乙にすまして形式的なスチュアーデスと比べ、明るくにこやかで自然なアメリカン航空のスチュアースの歓待振りは今でも強く印象に残っています。

JFKに改名されたばかりのニューヨークの空港に降り立ち、乗車したチェッカーと言うタクシー専用車両は、当時の日本では想像も出来ない大型車で、運転手も窓外に映る景色を解説して呉れる親切振りでした。やみ料金でボル「雲助」とか、乗車拒否と乱暴運転で「神風」の綽名が世界に轟いていた日本のタクシーと比べると、文字通り,天と地程の差でした。
外国で初めて投宿した中の下クラスのホテルの従業員も親切で、エレベーターのスピードの速さと併せて、貧乏国日本から来た私にはNYが天国の様に感じられたものでした。爾来半世紀、日米の地位は完全に逆転し、顧客サービスに関する限りアメリカが日本の水準に追いつくのは百年河清を待つが如しです。

金融バブル破裂以来自信を失った日本ですが、落胆ばかりする必要はありません。ゴミ箱がなくてもゴミがない日本の大都会。世界でも稀な大渋滞を起こしながら、殆ど警笛の聞こえない静寂さ。大小に関係なく清潔この上ないレストラン。日本を訪れないと信じららないこれ等の光景は、一般国民の質の高さ無しには不可能な現象です。

これ等の社会現象は、残るのは記憶や印象だけでモノが残らない特徴があり、印象に個人差もありますが、日本を訪れた多くの外国人が共通して賞賛していますので、間違いはありますまい。
日本が顧客サービスや市民生活の環境水準でアメリカを逆転してから久しくなりますが、バブル破裂後もその差を益々広げている事実は、経済的バブルの恩恵だけではないことは明らかです。
日本に比べ、極めて優秀な指導層と合理的な制度に恵まれている米国とは言え、一旦崩れ出した国民の質を向上させる事は並大抵では出来ません。第二次大戦で競争相手の欧州や日本が壊滅的な打撃を受け、その後長らく続いたアメリカの絶対有利体制にも陰りが見えて来ました。この再建も、不全に陥った日本の統治機構の再建に勝るとも劣らない困難を伴います。この辺の事情を「やばいぞアメリカ」(2)(3)で触れながら、日本も「国民が主権を回復すれば」大いに希望が持てる事を述べて見たいと思います。

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