体制を一新しての「総力戦」が電力問題を解決する

2011年05月30日 10:00

私は海外に出る機会が多いので、至る所で、大震災後の日本の状況と今後の見通しについて聞かれる。というよりも、これ以上の日本パッシングを食い止める為に、むしろ私の方から、あらゆる機会を捉えて積極的に日本についての前向きな話をするように努力していると言った方がよいかもしれない。


日本国内の場合と異なり、外国人が耳にする日本の話は限られているから、自分が話す内容のインパクト(比重)は当然大きくなる。だから、「前向きな話をする」と言っても、ミスリードはしてはならないと自戒しているし、悪かった点は悪かったと率直に認めるようにしている。外国に行ってまで自分の国の政治家や企業の指導者を批判するような事はあまりしたくはないが、今回の原発事故のようなことがあると、そうしなければ一事が万事と思われてしまうからだ。

今回の事で、私が外国人に話しているのは大略下記のようなことだ。

1)今回の大災害では日本人の強さと弱さが鮮明に出た。「強さ」は草の根レベルにあり、「忍耐と柔軟性」「秩序だった行動」「他人への思いやり」等だ。これに対して。「弱さ」は主として指導者層にあり、「決定と行動の遅さ」「組織的アプローチの欠如」「情報開示の不徹底」等だ。

2)破壊された工場での生産体制の復旧などは、恐らく外国人が思っているより早く為されるだろう。過去のトラックレコードを見ても、これは十分期待してもらってよいと思う。

3)原発の安全性に対する深刻な懐疑から、電力不足の問題は長く尾を引くだろうが、日本人は「追い詰められると大きな決断をする(逆に言うと、追い詰められないと大きな決断が出来ない)」特性を持っているので、或いはここで「画期的なブレークスルー」が実現するかもしれない。

4)放射能汚染の問題は深刻だが、政府も電力会社も既に誤魔化しが効かないところまで追い詰められているから、「徹底的な情報開示に基づいた合理的な施策」が、国民の理解を得て粛々と進められる可能性もある。

5)私自身は、今回の事を機に、あらゆるところに牢固とした壁を作ってきていた「日本的旧体制(エスタブリッシュメント支配)」が揺らぎ、国民の新しいマインドセットが色々な分野での改革を促進していく事に期待している。

今日は、取り敢えず、このうちの3)に焦点を絞って語りたい。

私自身は過激な反原発論者ではなく、「安全対策を十分に行った上で(従って、この為のコストを算入したベースで)、或る程度の原発を維持すべき」という考えだ。その理由は、第一には、供給量の急激且つ極端な低下とユーザーコストの不必要な上昇を防ぐ為であり、第二には、原子力を扱う技術者の質・量を、世界の他の主要国なみ、或いはそれ以上の水準で維持する為だ。(この事は寺島実郎さんも言っていた。)

しかし、仮にこの原則が認められたとしても、これまでの様に「原発に全てを賭ける」路線が復活する事はありえないし、一方、あれ程までに議論されてきた「地球環境対策」も今更無視するわけにはいかないから、下記の三つの方向での大きな「決断と努力」がどうしても不可欠であると考える。

1)「自然エネルギー」(太陽光、風力、地熱、バイオ、その他)の大規模開発
2)「スマートグリッド」の導入による設備効率・配電効率の飛躍的拡大
3)「節電社会」の実現(放縦な「エネルギー多消費社会」との決別)

この三つの方向での努力は、どれも一つとして等閑にされてはならず、お互いがバランスよく連携して、最高の結果を実現する事を目指すべきだ。

1)については、ソフトバンクの孫正義社長が各県の知事と語らって「自然エネルギー協議会」を立ち上げるなど、既に大きな第一歩が踏み出されている故、私がここで重複して語る事はない。3)は文化論にもなるので、また別の機会に語らして頂くとして、今回は2)について語りたい。

「スマートグリッド」というものは、アメリカから始まり近年世界中でにわかに脚光を浴び始めた新しい配電方式のことで、発電設備から末端の電力機器までを、高機能の電力制御装置を介してネットワークで結合することによって実現する。従来型の中央制御式コントロール手法だけでは達成できない自律分散的な制御方式も可能とし、電力網内での需給バランスの最適化を行う一方、事故や過負荷などに対する抗堪性も高める。

言うまでもなく、電力というものは、基本的に蓄積が難しいものであるから、この様な「インテリジェントでフレキシブルな配電システム」がなければ、至る所に無駄が生じるのは当然の成り行きである。無駄が生じるという事はコストが高くなるという事であり、最終的にはユーザーが払う電気料金に反映されてしまう。

また、「インテリジェントでフレキシブルな配電システム」は、太陽光などによる自家発電を考えている一般消費者や、新技術による発電事業にチャレンジするベンチャー等の味方にもなる。余った電力を格安の値段で必要なところに供給してくれ、これまでにはとても考えられなかったようなやり方で別腹の収入源を確保してくれるからである。

電力会社はこれまでの長きにわたって、地域内の電力供給については、発電から送電、配電に至る全てを自分達の完全な独占コントロール下におく事を希求してきており、その為に、政治家、官僚、マスコミのあらゆるキーパーソンを手厚くもてなし、緊密な連携を取ってきた。彼等に言わせれば、「最も重要なのは電力の安定供給であり、その為にはその様な独占的なコントロール体制が必須である」という事であり、勿論それにはそれなりの論拠はある。

「スマートグリッド」は、これに対し、「色々な発電システムが一見無秩序に並存していても、発電から送電に至るまでが一つの会社による一元的な管理下におかれていなくても、電力の安定供給は、より効率的に(従ってより低コストで)実現出来る」としているのだから、電力会社が前向きに取り組まないのは当然とも言えるが、この状態をそのまま放置すれば、この分野でも日本はまた諸外国に遅れをとってしまうことになる。

すぐにやるべきことは、疑いもなく「発電と送電の分離」である。これが全ての第一歩になる。分離をしなければ、発電部門の収益確保を第一義に考える電力会社が「スマートグリッド」を殺してしまうだろう。仮に、「これをやってはみたが、何も目覚しいメリットが生み出せなかった」という結果が出たとしても、「分離」をして失われるものは何もないのだから、恐れる必要はない。

「スマートグリッド」と並行して、これと一心同体と考えてもよいものとして、「ユビキュタス蓄電」という考え方がある。如何に配電システムをスマートにしても、「空間」だけでなく「時間」も超えて電力の需給バランスを取る為には、効率的な蓄電池が至る所に存在していなければならないからだ。

計画停電の可能性がやかましく言われていた時、「待てよ、エアコンは我慢して、灯火はローソクで代替するとしても、冷蔵庫の中の食べ物はどうなるのだろうか?」と心配した人は多かった筈だ。ガレージのドアが電動式になっているところでは、車で脱出する事も出来なくなることに恐怖を感じた人もいたと聞く。各戸が自家発電機を持つのは無理としても、必要最小限の電力を常時確保する為の蓄電池ぐらいはあって当然なのかもしれない。

最近は電気自動車がクローズアップされてきたので、これまでの鉛蓄電池に代わって小型軽量のリチウムイオン電池が脚光を浴びている。しかし、小型軽量化が必須条件とならない家庭用の据え置き型では、引き続き、馬鹿でかくて重く、鉛公害の問題も抱えている鉛蓄電池を使うしか、現状では選択肢がないかのように見える。それは、地震などによって外部的な力が加えられた時に陽極と陰極がショートして発火するのが怖いからだ。

実は「エリーパワー」というベンチャー企業が、一方の極に燐酸鉄を使う事によってこの問題をほぼ解決しているのだが、「ユビキュタス蓄電」というコンセプトが広く認められないと、なかなか量産に踏みけれない為、コストの壁に阻まれそうな状況が続いている。これまでの固定観念を突き崩して体制を一新することなくしては、多くの新しい技術が出口を塞がれて立ち枯れていくリスクが、ここにも見て取れる。

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