菅「押込」の構造

2011年06月08日 02:20

與那覇さんの記事を読んで、私も2年前に「麻生『押込』の構造」という記事を書いたのを思い出しました。これはもちろん笠谷和比古『主君「押込」の構造』をもじったものです。


もう忘れた人が多いでしょうが、いま起こっている「菅おろし」は、かつての「麻生おろし」とよく似ています。不信任案の理由もさっぱりわからないし、菅氏の政策の何が決定的な失策なのかもわからない。不信任案が否決されたのに民主党員がそろって引きずり下ろそうとし、最後は首相がそれに屈する。おそらく日本人以外には、信任された首相がなぜ辞めるのかわからないでしょう。

かつての「押込」はバカ殿を諫めるときばかりでなく、藩主の改革が急進的だったときも行なわれたそうです。たとえば岡崎藩の水野忠辰は徳川家の外戚に連なる名家で、儒教の教えに従って門閥で固められていた家臣団を打破して、優秀な武士を登用し、財政改革を行ないました。これが家臣団の反発を買い、水野は家臣の全員一致でボイコットされる「押込」にあい、何度か の紛争を経て最終的には身柄を拘束され、座敷牢に幽閉されました。

このように藩主に絶対的な権力がなく、家臣のコンセンサスのほうが強い構造が、現在の政治にも受け継がれています。その一つの原因は、私が前述の記事で書いたように、備(そなえ)という小集団が本源的な軍事的単位になっていたからです。この備が現在の派閥であり、それは中選挙区制がなくなっても残っています。その記事で私は「民主党も今は安定していますが、政権をとったら、かつての細川政権のように旧社民党グループと小沢グループなどの抗争が始まるでしょう」と予測しましたが、その通りになったわけです。

こうした「小隊」中心の軍編成は、日本軍でも同じでした。日本軍は白兵戦では勇敢で強いが、組織的な作戦がへただ(兵站の不足で多くが餓死した)といわれたのは、この分散的な性格によります。これはおそらく日本社会にながく根づいた自律的な小集団で定住する文化の産物で、日本の会社が「工場長あって取締役なし」といわれるのも同じ原因でしょう。

與那覇さんも指摘するようにこれは中国とも違い、垂直的な命令系統という点では、中国の官僚制度のほうが西洋型に近い。日本のスパゲティ型の官僚機構は、どこの国にもないものです。こうした中枢神経のない軟体動物的なシステムは機動的で、ローカルな変化に対応して修復するのは速いのですが、大きな危機に弱く、全体としてどっちに動くかが決まらない。

しかし、それが江戸時代(あるいはそれ以前)から受け継がれている伝統だとすれば、その改革が数十年でできるとは思えません。このシステムは明治維新でも敗戦でも変わらなかったのだから、憲法を変えれば変わるというのも楽観的に過ぎるのかもしれない。おそらく菅氏が退陣しても、次の首相に同じような「押込」が繰り返されるでしょう。政治の混乱を収拾するには、政治学や経済学を超えた日本文化についての深い理解が必要だと思います。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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