日本のエネルギーパラダイムの転換 - 田二谷 正純

アゴラ編集部

わが国には依然として、環境制約は産業の足を引っ張るという考えが根強い。円高の下でデフレが続き経済の足元が弱まっているところに、未曾有の大震災に襲われた。日本経団連は「今後のエネルギー政策について」(6月7日)において、エネルギーが適正な価格で安定的に利用できる環境を整備すること、化石燃料の調達に支障をきたさないこと、再生可能エネルギーの全量固定価格買取制度導入は見直すべきこと等々、国家の最重要戦略であるエネルギー政策について拙速な議論は避けるべきとの意見を示している。これが実行できないのなら、企業は海外に出て行き、国内は空洞化すると強く警鐘を鳴らしている。


2008年のリーマンショックを契機とする経済危機そして不況が世界を覆ったときにも、そのタイミングで温暖化への構えは解くべきだという議論が勢いを得た。しかし、中国やインドに代表される新興国の成長が膨大なエネルギー消費と平仄を合わせて進行する事実を直視すれば、日本を含む先進国が有限な資源である化石燃料への依存を低減させるとともに、新興国におけるエネルギーの効率化や節減にも大きく貢献していくことが強く求められるようになることに疑問の余地はない。

ドイツは、EU全体を牽引する経済大国であるにもかかわらず、環境政策で先進的なスウェーデンやデンマークと比較しても引けをとらない挑戦的な政策を選択し続けており、これまで試行錯誤も多いが、成果も上げてきている。2000年に再生可能エネルギー(当時は主に風力発電)の固定価格買取制度を導入、市場を拡大できたことを受けて2004年にこれを改定したころから太陽光発電やバイオマス発電が急伸し、2008年のリーマンショック後も同分野の成長が継続している。この政策は、単に風力や太陽光に代表される新エネルギー市場を形成したに留まらず、関連する産業の裾野を拡大し続けているところに特徴がある。

環境負荷の低減を目的として、電力に限らず、ガス、下水、水道、交通網など社会インフラの更新を推進することで関連する産業がさらに拡大する。インフラの更新には一定の時間と規模が必要となるので、これを基盤とみなす民間企業の大型投資や技術研究開発を誘引し、さらに関連する需要を創出している。

ドイツ政府の2009年の環境経済報告書によれば、全体を牽引するクリーン・エネルギー生産分野では2007年2008年とも30%近い成長を維持、これに次ぐエネルギー効率向上・省エネ分野でも20%を越える成長を示している。この分野での雇用も13%増加しており、再生可能エネルギー関連だけで40万人近い雇用を抱える大きな産業になっていることが確認されている。こうした結果は、固定価格買取という制度の導入がこの分野に多くの資金を呼び込み、産業の拡大と連続した成長を後押ししたことを示している。

わが国は、まず固定価格買取制度の導入から始めなければ何も進まないだろうが、その一方で既存の巨大電力事業者の重く錆びついた軛を徐々に解いていかなければ、エネルギーの大転換は早晩行き詰るのではないか。

欧州では、国ごとの電力供給体制から国を跨いで電力を融通しあう体制へと動き、これがさらに進化して全欧州を送電網で連結する巨大電力ネットワークの形成に動きつつある。このネットワークは、海をも越えて国々を結ぶようになるため、距離による減衰の少ないHVDC(高圧直流送電)を採用するなど、大きな投資が前提となっているが、この送電網の完成は欧州全体のエネルギー地位を大きく前進させることになるだろう。

再生可能エネルギーへの大転換が超広域でのエネルギーの安定供給にまで波及するという壮大な拡張展開が始まっているのだ。わが国においても、送電網の再構築などの電力の自由化が進行すれば、それによって生み出されるスケールメリットが導入初期における国民と産業の負担を十分に吸収できるものと考えられる。

しかし、今ここに及んでも、震災前となんら変わらずに、国際競争力の維持と電力の安定供給を錦の御旗として、再生可能エネルギーの導入に異を唱え、議論を避け解決の先送りを図る声が多く聞こえてくるのは真に残念と言わざるをえない。再生可能エネルギー導入で疾走する欧米諸国では高価で不安定な電力を抱えて隘路に入り込んでいるのか、原子力依存を多国間電力網で希釈しているのか、その実態を自らの手で分析していただきたい。

わが国には、無数の「できない理由」に耳を傾けている余裕などない。今こそ「変わらなければならない」を超え「世界をリードする国造り」にまでの気概を共有し、「できない理由」を一つ一つ克服する手立てを考え、緊急に実行していくことを提言したい。
(田二谷 正純  株式会社インフラ・イノベーション研究所、代表)