食料自給率の“怪”

井上 悦義

食料自給率には、「重量ベースの食料自給率」「生産額ベースの食料自給率」「カロリーベースの食料自給率」の3つがあるが、日本で、食料自給率と言えば、「カロリーベースの食料自給率」を指すことが多く、これが40%と低いことから、食料自給率の向上が叫ばれて久しい。


さて、「カロリーベースの食料自給率」を算出していく過程のなかで、「飼料自給率」という概念が出てくる。国産品の牛、豚、鶏であったとしても、輸入した飼料(エサ)を食べている場合は、その飼料自給率(国産飼料の割合)を乗じて食料自給率が計算される。農水省の資料を確認すると、飼料自給率を考慮しなければ69%にも上る畜産物のカロリーベースの食料自給率は、飼料自給率(25%)を念頭に置いて計算する結果、17%(≒69%×25%)にまで減っている。

この考え方は理解できる。飼料が海外品であった場合、何かが原因で輸入がストップすれば、牛、豚、鶏の生育は難しくなり、その結果、牛肉、豚肉、鶏肉は入手困難になるからだ。

しかし、輸入した「飼料」で育った畜産物に、“飼料自給率”という概念が適用されるのであれば、輸入した「肥料」で育った米、小麦、野菜なども“肥料自給率”という概念を適用して計算すべきだが、そうはなっていない。(カロリーベースの食料自給率の計算方法に一貫性がない。)

現代農業では、農作物を作るには肥料や農薬が必要で、肥料や農薬なしでは生産性の高い農業が出来ない。事実、耕作地単位面積あたりの消費量は、肥料が世界第5位、農薬は世界第2位となっており、現在の日本の農業は肥料、農薬依存が進んでいる。

その肥料の三大要素は、「リン」「カリウム」「窒素」だ。ほとんどの肥料には、この三大要素が配合されているが、リン鉱石は全量を輸入に頼り、カリ鉱石もその多くを輸入に頼っている。窒素肥料は工業的な製造が可能だが、製造のためにはアンモニアが必要だ。アンモニアは大気中の窒素と水素を反応させて作るものであり、窒素は空気中に含まれるため無尽蔵に存在するが、水素を作るにはエネルギーが必要で、現在は天然ガスが主な原料だ。そのエネルギー自給率はたったの4%(原子力を含めると18%)で、天然ガスもほぼ100%を輸入している

元をたどっていけば、肥料自給率は「0%」に近付いて行く(=カロリーベースの食料自給率も「0%」に近付いて行く)ということだ。肥料原料を輸入して国内で肥料を製造しようが、肥料そのものを海外から輸入しようが、輸入に頼るのは一緒だからだ。農薬も基本的には化学合成で出来るものであるため、石油などが必要だし、他にも、農産物を作るための農業機械も、全国各地に農産物を届けるトラックも燃料が必要だから、結局は輸入に頼ることになる。

すなわち、現実を見据えれば、農水省が現在定義する食料自給率が高くても大きな意味を持たない。結局は、輸入に頼る部分があり、何かが原因で輸入がストップすれば、日本の農業成り立たなくなるからだ。端的に言えば、石油がなければ農業機械が動かせない。

そもそも、国土も狭く、資源も乏しい日本では、国際競争力を持つことが難しい農作物ものも多く、食料自給率の向上には限界もある。例えば、小麦の輸入は、小麦を栽培するための広大な農地を借りているということに等しく、国土の狭い日本では極めて合理的な選択なのだ。

日本と同様に、国土も狭く、資源も乏しい、シンガポールの食料自給率は、農水省の推測によると1割未満だそうだ。しかし、1人当たりのGDP(ドル)は日本より高く、日本以上に経済的に豊かな生活を享受することが可能で、当然、その経済力を活かし、食料も輸入が可能だから、何ら不自由はない。

所詮、グローバル化された現代に、すべてを一国で賄おうというのは無理な話だ。国土も狭く、資源も乏しい日本であればなおさらそうだ。日本で自給できないものは何も農作物に限ったことではない。石油などのエネルギー資源はもちろんのこと、大量の鉄を使用する自動車も鉄鉱石が採掘できない時点で駄目だし、今や家電も純輸入国に転じた。

しかし、購買力があり、諸外国と友好関係を築いている限り、それら自給率は低くても問題が起きることはない。日本の得意な分野に注力して経済力を磨き、不得意な部分をその経済力を使って輸入するという構造があってしかるべきだ。農業もその一環なのかもしれない。少なくとも過剰な保護は避けるべきだ。

トラクタを使って土地を耕し、肥料、農薬を用いて農作物を育て、コンバインを使って稲や麦を刈り、トラックで全国各地に送る。その代わりに、鍬(くわ)や鋤(すき)で農地を耕し、家畜糞や人糞を肥料に利用し、農薬を使わず「虫送り」を行い、刈(かり)で稲や麦を刈り取り、「飛脚」を使って各地へ農作物を送る――。その覚悟があれば、食料自給率を高める価値があるが、それはあまりにも非現実的で、時代錯誤もいいところだ。

農水省も気づいているはずだ。食料自給率というおかしさに。もちろん、日本でリン鉱石やカリ鉱石などの肥料原料、石油や天然ガスなどのエネルギー資源が突然、採掘可能になるはずもないことも。しかし、食料自給率の向上を止めてはその存在意義が大きく揺らぐ。だから、多額の税金を使用し、声高に食料自給率の向上を叫び、国民をミスリードする。肥料自給率が極めて低く、エネルギー自給率が4%の現在の日本では、「自給」という概念自体が絶望的であるにもかかわらず。

参考資料
「食糧危機」をあおってはいけない 川島博之
「食料自給率」の罠 川島博之
日本は世界5位の農業大国 浅川芳裕

井上 悦義(アゴラ執筆メンバー) 
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