行動は無意識の規範で決まる - 『アイデンティティ経済学』

池田 信夫

アイデンティティ経済学アイデンティティ経済学
著者:ジョージ・A・アカロフ、レイチェル・E・クラントン
販売元:東洋経済新報社
(2011-07-21)
販売元:Amazon.co.jp
★★★☆☆


原著についてはブログで紹介したので、ここでは本書の理論が日本にどう当てはまるかを考えてみる。

本書のいう「アイデンティティの経済学」は、行動経済学の応用である。人間は新古典派経済学の想定するようにすべての変数を計算して効用を最大化するのではなく、一定の規範の中で限られた変数を見て行動する。彼らの行動にもっとも影響を与えるのは、金銭的インセンティブではなく規範である。本書ではその規範が民族や性別などのアイデンティティによってどう違うかを分析しているが、日本人にはピンと来ない。

日本では、アイデンティティとして重要なのは民族ではなく組織だろう。サラリーマンが長時間労働するのは、所得を最大化するためではなく出世のためであり、それは大企業の部長や課長というアイデンティティに社会的価値があるためだ。だから労働市場を改革して雇用を流動化しようという経済学者の意見は、支持を得られない。彼らのアイデンティティを支えている価値の体系が崩れるからだ。

これは本書の分析するアメリカ社会とは逆である。そこでは社会的地位のヒエラルキーがなく、多様な価値が共存しているため、自分が何者であるかを主張することが重要だ。こうした自己主張と多様な規範の衝突がアメリカ社会を不安定にしているというのが本書の分析だが、日本の問題はその逆である。

個人のアイデンティティが組織に依存するため、組織を守るインセンティブが非常に強く、その秩序をおびやかす異分子を排除する。個人が組織と同化しているので自己主張は弱く、他人を攻撃するときは匿名でやる。このような「日本的アイデンティティの経済学」は可能かもしれない。

人間の行動を無意識のフレーミングから分析する本書の手法は、先週紹介したコーエンとも似ており、経済学の新しい方向かもしれない。アカロフの「レモンの経済学」も最初は奇妙な話だったが、情報の経済学のパイオニアになった。それは数学的な分析に乗りやすかったからだが、今度のアイデンティティ経済学はどうだろうか。