TPP - 製造業の黄昏  野辺千世

2011年11月02日 16:59

今月開催されるAPECを睨んで関係者のTPPを廻る動きが加速するにつれ、各種メディアでも連日のようにこのテーマが取り上げられている。「アゴラ」においても例外ではないが、ただ飛び交う議論を傍から眺めていて、この協定のそもそもの基本的な性格に対する広く蔓延した認識の混乱がどうも腑に落ちず、黙視もできなくて、思い立って拙い筆をとってみた、いやキーボードを叩いてみた次第である。どうか一読いただき、この問題を検討する際の思考の片隅に加えてもらえれば幸いである。

協定参加の是非そのものについてはひとまず各自の判断に委ねよう。だがそれに先立って私がどうしても指摘しておきたいのは、締結に賛成する側も反対する側も共通して、今回の一連の動きをまるで貿易や投資における自由化の強制、グローバリズムの避けられない圧力の如く捉えている点なのである。これは信じ難い逆転であり致命的な錯誤であって、それについて我々は決して一部の農業の利害関係者が奏でる喧騒や、市場経済の担い手アメリカといった先入観にごまかされてはならない。というのも、文字通り「環太平洋」というラインを宣言している限り、この協定は何よりもまず経済のブロック化を意図したものであり、自由な市場の形成に逆行する動きであることは全く疑いの余地がないからである。それは自由市場の圧力というより、自由市場に対する政治の圧力であり、グローバリズムではなくて、むしろグローバリズムに対する反動と捉えるべきなのだ。

本当に経済の自由化を望むなら、各国がめいめい独自に関税を撤廃する態度を示すのが筋だ。そうする代わりに「環太平洋」といった範囲を設定する場合、それは裏を返せばその範囲外に位置する国々に対しては思うがままに関税を設けることを宣言するに等しく、だとしたらどう贔屓目に見てもそれは保護主義と呼ぶのが相応しいしろものでしかないだろう。さらにそれは今TPPに猛反対している当の農協が、国内において戦後築き上げることに見事に成功してきたあの悪名高き保護主義とまさに同じものでもある。彼らの確かな自己保身の本能は、今回の問題は決して自由貿易などではなく、農業の強い国々がいるブロックに参加しなければならないことなのだと弁えているだろう。仮にこれが製造業の強いブロックであったとしたら、その時参加反対にまわるのは経団連等であったはずだ。

心配しなくとも、今のアメリカの眼中にあるのは良くも悪しくも日本ではなく、中国やロシアやEUであり、それらの軍事的・経済的ブロック形成への動きである。ただその対処として自らもひとつのブロックの形成を企図する場合、それは日本抜きでは成立しないというだけのことだ。むしろ心配すべきは、我々が意識するしないに関わらず、このブロックを本当に必要としているのは日本の方だという現実である。TPPを廻る日米の温度差もここに起因するのだ。なぜなら日本こそアジアの新興国の成長によってその製造業に深刻なダメージを被るからであり、中国や韓国経済の勢いに心底恐怖を感じるべき当事者だからである。自己の存在を否定されることへのこの恐怖こそ、いつの世にも保護主義や全体主義の生みの親であった。

つまりTPPを廻る渦巻きの最も核心に位置するのは日本の製造業の問題であり、さらに日本経済の最も核心に位置するのがその製造業だということであって、農業の騒ぎなどは本質を隠すお飾りに過ぎないのである。そしてその製造業は今、イノベーションの困難な道よりも保護主義の安心を選択しようとしているということだ。試しにあなたの胸のうちやあなたの隣人の心中を正直に省みるとよい、そこに自由よりも保護主義や全体主義の安心を求める止みがたい傾向を発見することだろう。特に注意すべきは若者においてこの傾向が顕著になったように思えることだ。自由の美名のもとに実はその反対のものの実現を企図する今回のような現象は、ハイエクなどが指摘する全体主義の特徴とピタリと合致する。自由主義を肯定する論者が多く集まるこの「アゴラ」のような場所でこそ、私はこのことを強調し検討を促したいのである。

野辺千世(会社役員)

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