今年前半にワイドショーに出演したとき、いや、普通の報道系のニュース解説番組でも、まず、TPPとは注射じゃないですよ、などというつまらない冗句からはいらなければならないくらい、誰も知らなかった。
そして、テレビのディレクターサイドから、「小幡さん、TPPってあんまり連呼しないでくださいね。視聴者がそれだけでチャンネル変えちゃいますから。」 と注意されたくらいだ。
ところが、いまはどうだ。TPPはWTOよりも確実に有名だし、リビアよりもユネスコの米国出資問題よりも日本のメディアにとっては重要な問題で、30秒に一度はテレビでTPPが出てくる。
いつからTPPはこんなに有名人になったのだろうか。
そして、いつからTPPに日本の命運がかかるようになったのか。
私の意見は、以前のエントリーでも述べたが、今回はもっとラフに核心を端的に議論したい。
TPPに賛成?反対?
どっちでもいい。
TPPなんてどっちでもいいのだ。
TPPが騒ぎになっているのは、世界で日本だけ、しかも、この数ヶ月、せいぜい今年ののことである。TPPなんてどうでもいい、というと、両サイド、反対派、賛成派、どちらからも攻撃に遭うだろうし、中間派からも、無責任だと論壇(というものがあるとすると)にいる資格がないと、まっとうな人間として認められなくなるだろう。
しかし、その感情、あるいは感覚がおかしいのである。
TPP自体、相対的には経済規模の小さな4カ国で始まり、米国が昨年あたりから力を入れてきたために、少し動き始めた、という程度の話だ。その米国自身ですら、韓国とのFTAは少し盛り上がったが、それは政策のプロの世界での話であって、一般生活者や労働者レベルでは全く話題にならない。1980年代の日米貿易摩擦の時とはえらい違いだ。
TPPが問題にならないのは、実際の経済活動への影響がまだはっきりしないどころか、どう動くのか全くわからないことから来ている。原則関税撤廃、実際にカナダは参加を認められなかった、ということを材料に騒いでいるが、米国農業は保護政策なしに守れるはずがなく、また日本の農業よりも遙かに政治的に強い業界であるから、保護を外すことが簡単にいくはずがない。しかも、TPPには仮想敵国オーストラリアも入っているから、無防備で突っ込むはずはない。
もちろん、外交上、米国の強引さと、日本の弱々しさを対比して、米国は好くても日本は交渉で不利になるから参加するべきでない、という議論もあるが、それなら、すべての国際交渉に負けることになり、TPPに入らなくても全面的に負けている、ということだ。
いずれにせよ、まだどうなるかわからないものに騒ぎ立ているのは、どうみても異常だ。これはどこから来ているのか。
それは、野田政権のせいである。
野田政権が、目立ったミスをせず、失言もないことから、政治スキャンダルになれた、メディア、世論からすると、退屈なのである。したがって、無理矢理、TPPを表舞台に引っ張り出し、賛成か反対かという綺麗な対立軸でテレビ番組、政党内討論を盛り上げる、それが目的だ。
そうなると、勢いがついて、選挙区の有権者も盛り上がるから、個々の議員も立場を決めて、しかも、アピールもしないといけない。まともに、ケースバイケース、交渉がまあまあうまくやれるなら参加した方がいいし、100%完敗する交渉となるなら、逃げるという手もあるか、と言う議論はわかりにくくて、テレビへの出演依頼も来ないし、選挙区の支持者からもはっきりしないやつだ、と非難される。
だからTPPは盛り上げるしかないし、ほかに話題のない政策マーケットでは実際盛り上がっているのである。
年金や税の問題をやれば、いきなり死活問題だから、軽々しい議論はできない。一方、TPPは実際のところよくわからないから、いろんな議論が自由にできて盛り上がるのだ。
それだけのことだから、アゴラで取り上げるのも、私が投稿するのも無駄なのだが、一点だけ意味があるとすれば、日本の政策論争は、テレビでもネットでも、そして広い意味での論壇でも、ためにする議論で、建設的に、真に日本を具体的に改善しようとしているものは少ない、ということだ。真の議論には対立軸などないことが多いし、政策の現場からすれば、当たり前のことを普通に、ただし、まともにやることが重要なものばかり、議論としてはつまらないものばかりなのだ。
だから、私の文章がおもしろいとすれば、私もいよいよ堕落してきた、ということなのだ。