きのうの田原総一朗さんのBookセミナーには、『日本の農業が必ず復活する45の理由』の著者、浅川芳裕さんが会場に来ていて、TPPについての議論が盛り上がりました。中でも驚いたのは、農水省が巨大な穀物商社だという話です。
農産物に数百%の高い関税がかかっていることはよく問題になりますが、実際にはそんな価格で企業が買っているわけではない。たとえば小麦の関税は250%だから、3万円/tの輸入小麦の価格は10万5000円になります。しかし政府は国家貿易の特権を利用して、商社に国際価格で買い付けさせ、関税ゼロで輸入する。その価格に17000円/tの国家マージンを乗せて、製粉業者に売り渡すのです。
年間の小麦輸入量は約570万tだから、国家マージンの総額は969億円。さらに企業に「契約生産奨励金」を1530円/t上納させており、これが毎年87億円。合計1056億円の特別会計がバラマキ補助金の原資になり、天下りの温床になっています(『日本は世界5位の農業大国 』)。
浅川さんもいうように、日本の農産物は「自給率が低い」どころか、余って大量に捨てており、米は減反政策で作付けを制限しています。その一方で、このように国家が貿易を独占して利潤を上げているわけです。このように貿易を国家統制しているのは、先進国では日本だけです。TPPで農水省が守ろうとしているのは、こういう利権なのです。
だからニューズウィークにも書いたように、今回のTPP騒動を仕掛けている黒幕は、農水省です。TPPによる工業製品の関税引き下げの効果はわずかなもので、基準認証や規制の標準化も、日本が拒否すれば決まらない。「アメリカが強引に基準を押しつけてくる」などというのは、通商交渉を知らない人の話です。実際には、FTAでもWTOでも、農水省は拒否権を行使して交渉のじゃまをしてきました。
私はウルグアイラウンドのときWTOを取材しましたが、日本からの代表団で突出して多いのが農水省と農業団体で、徹底的に交渉を妨害する。日本が主要国とFTAやEPAを結べないのも、GDPの1%足らずの彼らのおかげなので、経産省は頭に来ているでしょう。今回は「例外なき関税撤廃」を掲げるTPPに持ち込むことで、農水省の利権をつぶそうというねらいだと思います。これは80年代の日米構造協議と同じで、あれも「日米交渉」ではなく「日日交渉」だといわれました。
だから通商交渉としてのTPPには大した意味がないが、農業利権をつぶす意味は大きい。それは「農業保護」を隠れ蓑にして農業を食い物にしてきた農水省の財源を奪うからです。もともと農協は自民党の票田であり、小沢一郎氏はそれをつぶすために日米FTAと一体で戸別所得補償を公約に掲げたのですが、日米FTAは消えてしまい、所得補償も無差別なバラマキになってしまった。ここで野田政権が農水省の利権にくさびを打ち込めば、民主党政権の功績として歴史に残るでしょう。