実は年金問題は難しくない 新しい年金制度の具体的提案

小幡 績

年金問題は、常に政策の焦点の一つだったが、ここに来て、第一段階の正念場を迎えている。年末で大詰めを迎えている税と社会保障の枠組みの中で、明確に政策論争となるのは年金だ。しかし、結局、政府・民主党は踏み込んだ改革案に突っ込むことができず、中途半端な議論に終わりそうだ。

その理由は、民主党が八方美人で、どの支持層からも負担の増加、給付の減少について実質的に譲歩を得られないことが原因と表面的には感じられる。しかし、失敗の本質は別のところにある。それは、年金問題の本質をわかっていないことにある。これは民主党だけでなく、野党もメディアも学者も同じだ。

年金は、日本の政策論争の中で最も重要で難しい論点だと一般に思われているが、それは大きな間違いである。年金問題ほど単純なものはないのだ。

なぜ単純なのに解決できないのか。


それは単純すぎるからである。

制度を変えれば、誰が得をして、誰が損をする。そして、年金の場合はそれが誰の目にも明らかだから、みんなが得をしない限り、損を被る人々は強烈に反対する。だから、必ず猛反対が起きる。

年金以外の政策ならどうするか。猛反対をしそうな人々は優遇して、声の小さい人、声を上げない人が不利になるようにして、政策を通そうとする。それが基本だ。

しかし、年金の場合は、コンセンサスとして、現行制度の下では、既に給付を受け始めている受給者がもらいすぎており、一方、今払い込み義務のある人は払い込みに見合った給付がもらえる見込みが立っておらず、しかも、若い世代になればなるほどより不利である、という認識が確立している。したがって、まともに改革すれば、今毎月年金をもらっている人が、現状よりも悪化し、将来に渡るまだ実感の薄い負担をすることになっている(現在も負担しているが、それはまだほんの一部に過ぎない)30代の人々を中心に改善することになる。したがって、猛反対をしそうな人、声の大きな人、投票する確率の高い層が現状よりも不利になり、投票しない可能性が高く、関心が低い人が改善する改革案となってしまい、利害が対立するときに政権与党が通そうとする政策のセオリーの正反対の状況になってしまう。だから、実行が難しい。

さらに言えば、損(給付削減)は明日から実感され、得(払い込みの長期にわたる上昇スピードの減速、遠い将来もらえる年金額の下落のある程度の防止)はもともと目に見えない。だから、この改革が実現するのは難しい。

結果的に、現時点(12月中旬)では、政府案はまとまったが、消費税部分は分離して後で決定、給付の減額は、特例で増えている部分、物価が下がった分ですでに減額すべきだった2.5%を、特例を外して既存のルール通り下げる、というものだけだ。しかも、それを3年もかけて引き下げる。他の改正ポイントは、消費税増税を前提に、給付が増えたり、柔軟になったり、年金加入者にとってプラスの話ばかりだ。これが改革案というなら、実質的な年金の改革が実現することは、今後あり得ないと思われる。

それでは、絶望するしかないのか。そうではない。簡単だ。みんなが得をする案を作ればいい。

それは無理だ、と言ったばかりであるが、実質的にみんなが得をすることはできないが、みんなが現在の期待値を上回る案を作ることは可能である。すでに受給している人の年金額を現金で減らすのは難しい。だから、給付削減はとりあえずしない。しかし、今の30代以下の人々は、多くの人がどうせ年金はもらえないと思っている。だから、少しでももらえるようにし、これ以上、負担を増やさなければいいのだ。

これが可能なら、改革案、いや、新しい年金制度は政治的にも実現するだろう。可能にする一案は、完全積み立て方式への移行である。これにより多くの問題点が解決する。

これまで、厚生年金に入っていた人も、国民年金に入っていた人も、自己負担分(雇用者負担分は移行財源として切り離す)は、個人の自己勘定に組み入れる。それが自分のものとなる。パートも正社員も一緒だ。公務員も自営業者もだ。所得の一定割合(給与であればたとえば10%)を自己勘定に、自分の貯金のように積み立てる。それにこれまで自分で積み立てた分を併せて、65歳から、あるいは70歳から(支給開始年齢を選べるようにしてもいい)、死ぬまでもらえる。こうすると、現在の受給者、あるいは55歳以上の人々は予定が狂う(少なくなる)から、一定年齢以上の人々は、これまで約束されていた水準でもらえることにする。足りない財源は、現在積み立ててある部分と、今後の税収によってまかなう。企業負担分は減るから、総賃金支払いの2~3%を特別年金移行税として設置し、残りは消費税だ。移行期なので、つなぎ国債も、年金特別国債も発行する。消費税はプラス5%が限度と思うので、もし現行から行くなら10%、これ以外の理由で消費税が既に上がるのなら、そこからプラス5%だ。

細部は必要ならば改めて説明するが、私は、この10年、この案を様々な場面で提案してきた。ポイントは、現在、年金に対する期待値が低い人たちには、自分のために積み立てることに変えることで、これまでの分の損失が出ても、望ましいことになるところで、そこに現状からプラスサムになる可能性があるのだ。

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