尾崎豊のノートという仕組まれた感動 すべては商品なのだけど

常見 陽平

十七歳の地図
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尾崎豊の秘蔵ノートが出てきたことが話題になっている。

尾崎豊さんの創作過程明らかに 創作ノート約60冊を公表へ(MSN産経ニュース)

『小説新潮』の4月号(3月22日発売)に掲載されるという。青春時代に尾崎豊を聞いた中年ファンにはたまらないニュースだと言えるだろう。

ただ、本日、2月21日に日本経済新聞が報じた「尾崎豊さん、愛用ノートのCMに コクヨが起用」というニュースを聞いて、ちょっと覚めてしまった。そうか、企業とメディアがタイアップした「仕組まれた感動」なのだ、と。


コクヨが20日に発表したプレスリリースはこちらだ。

コクヨグループのコクヨS&T株式会社が「Campus(キャンパス)ノート」シリーズのプロモーションとして、2月26日にミュージシャンの尾崎豊を起用した1回限定60秒CMを放映する。 テレビCMは1分間の長いバージョンと15秒間の短いバージョンがあり、1分間バージョンは尾崎さんの直筆ノートや肉声、未発表音源を使って制作した。26日午後6時59分ごろからTBS系列で1回限り放送するという。

『小説新潮』への秘蔵ノート掲載報道を聞いて、ファンも期待しただろうが、非常に商業的な臭いを感じざるを得ない。

もっとも、最近だとこの手のことがあるたびに「ステマだ!」と鬼の首をとったようにドヤ顔で言う人たちがネット上に沢山いるけれど、私はそんなことを指摘するつもりはない。PRとは、昔も今もそういうものだからだ。

この一連の動きからファンからはこんな声を聞く。
「いい加減、尾崎豊を商品化するのはやめてほしい」
と。

気持ちはよくわかる。ただ、ややドライに言うならば、尾崎豊はメジャーレーベルで商業として音源を出していた以上、昔も今も商品なのだ。悲しい現実であり、おそらく生前、尾崎豊も悩んだことだろう。ただ、実はとっくに商品化されているにも関わらず、神格化されていったのも尾崎豊である。

私の友人にもプロのミュージシャンが何人かいるのだが、好きな音楽で食べていける人など、ほんの一握りだ。映画化されたみうらじゅんの『アイデン&ティティ』(角川文庫)を読んで欲しい。ロックに生きると言いつつ、商品経済の中で手篭めにされていく。音楽だけで食っていけるわけでもない。音楽学校の講師や、アルバイトなども掛け持ちしているのが現実だ。崇拝していたヘビメタのボーカルが、実は清掃会社の社長をしていて、それで食っているという話を聞いたときはひっくり返りそうになった。

とはいえ、すっかり商品化された尾崎豊はきっと中年たちの心に熱く生きているか、自由になりたくないかと問いかけることだろう。もちろん、今さら尾崎豊にはなれない。バイクを盗んでも、夜の校舎の窓ガラスを割っても洒落にならない年だ。軋むベッドの上でやさしさ持ち寄るのも盆と暮れくらいだろう。同じ尾崎でも、ジャンボ尾崎を目指し接待ゴルフに明け暮れる。尾崎の魂を持ちつつも、気づけば部下たちを叱りつける側にまわっていたりする。

期末も近づいてきた。会社ではそろそろ人事の内示シーズンだ。今回の尾崎ノート事件自体、仕組まれた感動だったわけだけど、ここはひとつ、これからの生き方について考えてみようか。私も満員電車で尾崎豊を聞きながら、37歳の地図でも考えてみるか。

常見陽平
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