真贋の問われる日本のSNS

2012年03月03日 09:13

産経新聞に面白い記事を見つけた。一昨日の、双日総合研究所副所長、吉崎達彦氏の講演内容を要約したものである。

かつて東北地方を津波が襲った平安時代の貞観地震(869年)や、江戸時代の慶長三陸地震(1611年)では、当時の朝廷や領主が復興のために何かをしたという記録が残っていない。「政治は震災や津波に対して、役に立たなかった」一方で、民衆が自分の力で立ち上がり生活を再建しているという事実を歴史が示している。

率直に言って、3.11以降、政府の手際の悪い対応に不満を持ち続けていた。
同時に、殊更文句をいう事もなく、我慢を続ける被災民の方に同情していた。
菅前首相が、何の脈絡もなく、粗製乱造を繰り返した「対策本部」には呆れ果てて言葉も出なかった。

しかしながら、今回理解したのは、政治が震災や津波に役立たずなのは、きっと日本の歴史が始まって以来の話で、取り立てて驚くべき事ではないという事実である。

そうであれば、難儀する被災民を見て、菅前首相の不手際、現政権の無能、或いは野党含めた政治全般の脆弱さを批判しても、実りある成果を得る事は出来ないと言う事である。

政治の役目は、取敢えず「補正予算」を通した事で合格とし、後は「民」が如何にこの原資を有効活用し、迅速な復興に繋げるか考えてはどうであろうか?

少なくとも、日本の歴史を見る限り、我々の御先祖様はそうやって難局を乗り越えて来た様である。

平安時代や江戸時代との違いは、ブルゾーザーやトラックが使え、瓦礫の除去が楽に出来る事である。

新規の造成、建設でも重機が活用出来る。全てを人力に頼るしかなかった江戸時代までとは違うのである。しかも、日本は正解に冠たる建設機械の生産基地である。

その東北で、震災復興のため巨大な需要が発生したが、再建しようとすると、すぐに供給力の不足が起きてしまう。現実には補正予算がついてお金だけはあるが、人と物資が足りない。復興のために、どうやって日本の供給力を集中させることができるかが問題である。

予算はついたが人と物資が足りないとの事である。

正に、満を持してのSNSの出番ではないか?

最近、ネットを閲覧すると、フェイスブックページのデザイン変更に就いて、例によってあれこれ薀蓄披露の記事が散見される。

しかしながら、本来かかるテーマは枝葉の議論ではないか?

日本の喫緊課題は、飽く迄、被災した東北の迅速な復興であり、これに対する目に見える貢献に依り、始めて日本のSNSが日本に取って必要なサービスとして受け入れられると考えるからである。

山口巌 ファーイーストコンサルティングファーム代表取締役

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