イスラエル版「君が代」騒動に考える

2012年03月09日 08:10

人口の20%以上をアラブ系が占めるイスラエルで、15名の判事で構成される最高裁に、アラブ系の判事が誕生したのは建国後50年以上も経た2004年でした。

その、アラブ系キリスト教徒のサリム・ジョブラン判事が、先週の火曜日にイスラエル大統領の公邸で行われた最高裁長官の退任パーテイーで、イスラエル国歌を唱和しなかった事が騒動になっています。

遠い国「イスラエル」の事とは言え、「君が代」問題と余りに似ているので、取り上げてみました。


「Hatikva(希望)」と言う名のイスラエル国歌は、ルーマニアの隣国モルドヴァの民謡を編曲した、日本人好みのメランコリックな調べを持った曲で、短い歌詞の中に、ユダヤ民族のパレステイナの地への強い思慕の情が読み取れます。
英語版の詞を、私の拙訳で紹介しますと:

「ユダヤの魂今もなお、心に留めているかぎり、
東を見つめた我がまなこ、シオンの山を思慕するかぎり、
永遠(とわ)なる希望、秘めたるのぞみ二千歳、
いずれは自由な民として、
シオン、エルサレムで暮せる事を」

代々この地で暮らして来た祖先を持つアラブ系のジョブラン判事が、後から移住して来たユダヤ人に囲まれて、この国歌を唱和する事に抵抗があった事は容易に想像出来ます。

民族や宗教上の大きな対立の無い日本でさえ、「君が代」を巡って感情的対立が燃え上がる位ですから、民族間、宗教間で血で血を洗う争いが続くイスラエルで、歌詞を巡って激しい対立が起こる事は、良く理解出来ます。

退任する最高裁長官の送別パーテイーの席で、ジョブラン判事を含む参加者全員が起立して国歌の斉唱が始まって間もなく、ジョブラン判事の口をつぐんだ姿が画面にに映し出され、パーテイーの雰囲気は一変しました。

判事の国歌斉唱拒否を巡って、沸騰したイスラエル世論は「君が代」を巡る日本の世論の沸騰以上の物が有ったようです。

判事批判は:
「国歌に対する侮辱だ」「折角、最高の地位につけてやったのに、飼い犬に手をかまれた思いだ!」「我々の好意をこんな風に扱うのが、アラブのやり方か」

等々の個人攻撃や差別的な感情論が大半でした。大新聞に出た批判でこれほどですから、2チャンネルのようなネット上の掲示板では、想像を絶する憎しみと差別的コメントが出たに違いありません。

一部のドルーズ族を除く大多数のアラブ系国民が、国防軍への従軍を禁じられている事を利用した右翼系の国会議員は「最高裁判事の資格をイスラエル国防軍従軍経験者に限る」と言う法案を提出し、アラブ系判事の事実上の締め出しに掛かりました。

このように、国粋的な批判で渦巻く世論に抗して、イスラエル最古の日刊紙とは言え。7万部弱の発行部数しかない弱小紙である「Haaretz」紙が「少数派の人達をフェアに扱う事が真の民主主義で、その実行が如何に難しいかを我々ユダヤ人に教えてくれたジョブラン判事に、深甚の感謝を表さなければならない」と言う勇気ある社説を掲げ、更に続けて「敵意に囲まれた同僚を片目に、ジョブラン判事を冷静な立場で擁護する最高栽判事が一人も居なかった事には苛立ちを覚える」と批判しています。

袋叩きに合う事は間違いないと知りながら、この様なコメントを出す新聞が残っていた事を知り、ジャーナリストの威厳と誇りがまだ健在だと勇気つけられました。小新聞とは言え、流石指導層に強い影響力を持つだけあります。

ここで参考になるのは、ジョブラン判事は「歌詞」に抗議して唱和を拒んだが、国歌に対する敬意は失わず起立したと言うコメントが複数あったことです。この点、日教組などの反「君が代」運動とは少し異なります。

私の理解では、「君が代」反対派は「反民主的で、ファシズムを浸透させるのに用いられた歌をそのまま引き継ぎ、しかもその歌を強要する事は、民主主義に反する」「皇室を国民の上に置く伝統を継承させる事は、民主主義に反する」と主張するのに対し、「君が代」擁護派は、「『君が代』のルーツは『万葉集』にあり、2000年前に詠まれた歌で、戦争とか軍国主義とは全く関係ない。この時代の『君』は『YOU』を意味する二人称であって、皇室崇拝のことではない」と主張します。

民族間、宗教間で戦争の続くイスラエルならいざ知らず、9割以上の国民が同じ民族で、同じ言語を持ちながら、「国歌」すら一緒に唱和出来ない「日本」。

キリスト教徒、ユダヤ教徒、回教徒、ヒンズー教徒、黒人、白人、黄色人が揃って「God save the Queen」を歌える「英国」。

この違いは何か?

国民の成熟度の違いなのか? 対話の不足なのか? 埋める事の出来ない「違い」がどこかにあるのか?

本来なら条例などなしに国旗掲揚、国歌斉唱が出来るのが当たり前なのに、日本では何故こうも揉めるのか?

イスラエルの「国歌」騒ぎを知って、色々考えさせられた数日でした。

北村 隆司

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