新型iPadの発表を見て、アップルがまた情報戦を仕掛けてきたか……、と感じた。
アップルは見た目のハードウェアの洗練された印象と違い、広報戦略では
かなり攻撃的な企業だ。それこそ他社を蹴落とすためなら何でもやる勢いだ。今回の新型iPadでも狙ってきたなと感じた。
今、私はサンフランシスコにいる。世界最大のゲーム開発者を対象としたGame Developers Conferece(GDC)という1万9000人もの人が集まり5日間で500近い講演やパネルディスカッション、展示が行われる巨大なカンファレンスへの参加・取材中だ。
その最も盛り上がるのが、ゲーム版カンヌとでもいうべき華やかなセレモニーが夜に行われる3日目の水曜日(今年は3月7日)だ。例年、水曜日の午前中にはゲーム機ハードメーカーのどこかが基調講演を行うのが一般的だったのだが、今年は一社も現れず、急遽、新しい企画へと変わった。
アップルはその午前中に、わざわざGDCが開催されているモスコーニセンター隣の美術館を借り切ってプレスカンファレンスを行った。美術館には前日からデカデカとアップルのロゴマークが壁一面に貼られ、ゲーム業界関係者には嫌でも目にとまるようにしている。もちろん、意図的であろう。
会場周辺には、物々しく衛星中継車が何台も並ぶ。そして、ネットを通じて流れてくる会見の模様は、隣のゲーム業界関係者の間で、話題にならないはずもなく、最高の口コミ効果が見込める。
過去、個人的にアップルはここまでやるのかと思ったことがある。2009年9月の東京ゲームショウ直前のプレスリリース「Apple出展なしでも存在感発揮!今年のTGSはiPhone/iPod touchの展示増」というものだ。それにあわせた取材協力を求められ、断った。
実体と乖離しているからだ。幕張メッセの天井が高く広い会場は、ゲーム機などの騒音の渦で、携帯電話やスマートフォンのゲーム単体が存在感を持つことは不可能に近い。
しかし、これは全世界のメディアに対してアップル本社が仕掛けたプレスリリースだった。そして、このストーリーラインに乗る形で、New York Timesに、Apple’s Shadow Hangs Over Game Console Makersと報じさせてしまった。アップルのメディアのコントロール力に驚かされた事例だった。
昨年3月のiPad2発表時は、もっと直撃弾だった。昨年のGDCの基調講演は、任天堂の岩田聡社長だった。アメリカで3月末発売のニンテンドー3DSを直前に控えた講演で注目が集まっていた。
ところが、そのスケジュール発表後に、突然、アップルは独自のプレスカンファレンスを行うと発表。しかも、発表時間を岩田社長のプレゼン時間に完全に被せてきた。そして、今年と同じく隣の美術館。壁にでかいロゴマーク。
アップルが狙った3DSの話題つぶしは見事に成功し、その日の話題はすべてiPad2にさらわれてしまった。
特に、アメリカで3DSが苦戦した背景には、もちろん当初の設定価格の高さが一因でもあると思われるが、このアップルの広報戦略に負けた面もある。3DSに比べ価格的には高いにも関わらず、iPad2は順調に売れ続けたからだ。結果、任天堂の8月の3DSの1万円もの値下げへの判断へとつながっていく。
アップルは、最近は、任天堂と強い競合関係にあることを意識して仕掛けてきているように見える。
アップルは自社カンファレンス以外には、技術関連のものも含めすべての講演をしないというスタンスを取っている。一方、GDCには、マイクロソフト、Googleに、今年からFacebookまでが参加した。しかし、アップルは、GDCに参加しないで、強烈な存在感を感じさせる手段として、今年もGDC3日目の午前を利用したのだろう。
このところ、アップルは徹底した「後出しじゃんけん戦略」を取っている。
典型的な場が、アップルが自社で毎年6月に開催しているWWDCというアップル製品向けソフトウェア開発者の技術カンファレンスだ。GDCと同じモスコーニセンターだ。その最初の朝の基調講演で、スティーブ・ジョブズがiPhone3Gなど数々の新製品を発表してきた。
今年は、特に後出しじゃんけん戦略を有効に利用してくるだろう。直前にロサンゼルスでゲーム産業最大の見本市E3が開催されるからだ。そこでは、任天堂、ソニー、マイクロソフトや家庭用ゲーム機の新型や戦略が発表になる。WWDCが翌週というのがポイントで、すべてがわかった上で仕掛けることができる。
今回、噂の8インチiPadは発表が行われなかったが、次に狙うのはこの6月のタイミングだろう。任天堂にとっては、Wiiの後継機種となり、リビングの簡単なインターネット端末という位置づけになると推測されるWii Uの最初の本格的な発表の時期でもある。
一方で、アップルはなんとしても、その成功を阻みたい。そのため、E3の直前に意図的なリーク情報を流すなど、様々な広報手段を打ってくるはずだ。昨年、痛い目にあった任天堂も、注意深く攻めるだろう。
アップルの新製品発表は、製品競争のみならず、激しい情報戦の場でもあるのだ。この点にはアップル好きの諸兄も、踊らされないよう注意されたし。
ジャーナリスト(ゲーム・IT) @kiyoshi_shin