中島聡さんの「誰も言いたがらないSONYがAppleになれなかった本当の理由」をめぐるブログでの議論は多くの示唆に富んでいて面白く感じます。
Life is beautiful: 誰も言いたがらない「Sony が Apple になれなかった本当の理由」 :
池田信夫 blog : ソニーはなぜアップルになれなかったのか
404 Blog Not Found:実は誰もが知っている「AppleがSonyになれた本当の理由」 :
話題を提供してくれた中島聡さんには敬意を表しますが、しかしそもそも小飼弾さんの指摘のように問題設定が間違っています。どのような企業であっても、奇跡的な復活を遂げ、時価総額世界一、手元資金が7兆円を超え、未だに成長し続けているアップルになれるわけではなく、また中島聡さんは、SONYの失敗の理由を日本の雇用規制に求めていらっしゃいますが、池田信夫教授が指摘されているように、「企業の事業再構築を阻んでいることだが、ソニーの失敗はそれが原因ではありません。もしそうなら、未だに世界の市場をリードしている日本企業の存在はありえないことになります。
まず、経営の失敗によって、どのようなエクセレントな企業であっても、あっというまに企業経営の危機を迎えることは日本に限った問題ではありません。GMも経営破綻を起こし政府支援でやっと復活したばかりです。HPもCEOが変わるたびに経営が混乱し普通の会社になってしまいました。あの名門コダックも時代変化への適応に遅れ、経営破綻しています。
ソニーに限らず、それらの企業を見ても市場の変化が大きく、したがって先行きが不透明な時代は、企業を襲う大きな変化の波を乗りきるための舵取りができるかどうかで企業の存亡も決まってくる時代になったということです。
スポーツのようにルールが決まっており、つまり前提となる環境が安定し、どのチームにも公平である世界でも、指導者の力量やチームのマネジメントの質によって成果が大きく変わります。
しかし、企業の場合は、市場の競争環境が激しく変わり、競争原理ですら大きく変化してしまう時代です。さらに途上国の産業の発展によって、市場の競争に加わるプレイヤーも増え、一段と競争が激しくなっています。
小飼弾さんが、アップルの成功は、「個人が利用する製品を個人に売り、買った本人から代価を得ているから」であり、アップルが、個人という一番気まぐれで、一番気難しい顧客を選んだのかは「一番気前がいい客だから」だとされていますが、それも今日的な競争ルールの変化です。
このブログでも幾度か書きましたが、現代は同業のライバルとの市場シェア争いで有利になったから収益が上がる時代ではなく、最終のユーザーに商品やサービスが届く間に生まれる利益で、つまり、市場サープラスにおけるシェアで誰がもっとも支配的かで収益性が決まる時代です。この現実への理解、またそういった時代の競争ルールの転換を日本の場合はまだ理解している人が少ないというのが現実でしょう。
そういった大きな時代変化を乗り越え、世界のトップ・プレイヤーとして残っていくことはそうそうたやすいことではありません。任天堂も数年前までは、高収益を誇る世界のエクセレント企業でしたが、いまでは赤字を抱え、危機をどう乗り切るのかに世界の注目が集まっています。
さてソニーはどうだったのでしょうか。ソニーの凋落は、@shota310さんのこのツイートが本質をついています。
クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」の帯に推薦者として出井伸之氏の名前が!彼はこの本から何か学んだのだろうか?
— shotaさん (@shota310) 3月 11, 2012
そのクリステンセン教授は、イノベーション研究の第一人者ですが、ソニーは創業間もない1950年から82年までの間に、トランジスタ、フロッピーディスク、ウォークマンなど、12の破壊的イノベーションを世に送り出した「イノベーションの量産工場」ともいえる稀有な存在でした。だからアップルのジョブスはソニーとなることを目指したのです。
しかし82年以降は、いい製品を生み出せても、破壊的イノベーションは生み出せなくなってしまったのです。1982年は、創業者から大賀さんに経営がバトンタッチされた年です。さらに出井さんがトップとなり、イノベーションが生まれないどころか、ソニーの収益性の低下に歯止めがきかなくなります。そして、2003年にソニーショックが起こります。2003年の3月期決算純利益は前の期の7.5倍と急拡大したにもかかわらず、市場は違った反応をしたのです。
ソニーの成長性や収益性、また経営そのものへの疑問から、取引開始と同時に、国内外の機関投資家などからの投げ売りが殺到し、それがハイテク株全般にも波及した出来事です。
出井さんは、経営についてはよく学び研究されている方です。しかし、イノベーションを生みだすソニーのDNAの引継ぎには失敗し、さらに、池田信夫教授が指摘されているように、古い事業からの撤退に失敗してしまったのです。先の読めないイノベーションを育てるリーダーシップも、事業構造を変えるリーダーシップも発揮出来なかったというのが事実です。つまり出井さんは、経営評論家としては優れていてもソニーの経営者としては失格だったのです。
日本の多くの企業は、それぞれの業界水準の営業利益しかだせておらず、つまり誰が経営しても変わらない状況で、経営戦略が機能していないことは神戸大学の三品教授が一貫して警鐘を鳴らしてきた問題で、ソニーに限らず、ずばり核心をつくなら、日本には今日の激動期を乗り切る力のある経営者を生み出し、また育てる風土やしくみが弱いのです。
かつての高度成長期ですら、経営力で企業の実力は左右されましたが、今日のようにダイナミックに変化が起こる時代はなおさらにもかかわらず、優れた経営者が生まれにくくなってきました。
もっというなら、山本一郎さんの著作『リーダーの値打ち 日本ではなぜバカだけが出世するのか』にあるように、いつのまにか「駄目な人がトップに祭り上げられるメカニズム」ができてしまったのです。
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オリンパスや東電を見ているとそれを多くの人は感じたはずです。
優れたリーダーが生まれづらくなったもっとも大きな原因は、高度成長の時代に、ボトムアップ型の経営、ミドルアップダウンの経営が浸透し、それが日本のかつての勝因となりました。しかし成功は失敗の母で、ボトムアップの経営、ミドルアップダウンの経営は「神輿に乗ることの上手いだけの経営者」を多く生み出してしまいました。その結果、時代を読み決断する能力、アップルのジョブズのように「1000のアイデアにノー」をつきつけ、選択と集中を行う経営が影を潜め、現場の言うがまま、また市場の成り行きまかせの経営がまかりとおるようになってしまったのです。
評論家の人のなかには、あるいは経営者や政治家まで日本にとって、円高で危機だといった環境変化を原因にする人がいます。しかし、問題は円高で左右されるほど競争優位を失ってしまっている企業の多いことのほうがほんとうの理由であって、その理由は、構造変革を進め、またイノベーションを生みだす経営に失敗していることなのです。円安は、駄目な経営であっても延命する余地を短期には生みます。しかし円安になったから、競争優位となる強みが生まれてくるわけではありません。
どのようにすれば、優れた経営者を育てることができるのか、それは今日の日本が抱えている大きな課題です。いや企業経営だけではありません。政治の世界もそうです。リーダーが不在です。
古い知識、古い価値観しか持っていないリーダーからいかに世代交代を促進させ育てるのかも含め、優れたリーダーを生みだす仕組み、風土をつくることこそ、日本の本当の課題だと思います。