スマートテレビ考 前編 --- 中村 伊知哉

2012年03月29日 09:41

融合研究所で開催してきた「スマートテレビ研究会」の報告書を執筆しています。民放連でぼくが座長を務めた「デジタル・ネット研究会」も取りまとめに入りました。大阪のテレビ局などがスタートさせ、ぼくも顧問として参加している「マルチスクリーン型放送研究会」も実験に向け動いています。出演予定のNHK放送記念日特集もテーマは「スマートテレビ」。スマテレ熱が高まっています。

スマテレのイメージはまだハッキリしません。さまざまな提案が宙を舞っています。大画面テレビにネットサービスをかぶせる、ビデオオンデマンドを通信経由でテレビ端末でできるようにする、タブレット端末で番組を観られるようにする、テレビ画面とスマホでのソーシャルサービスとを連動させる、いろいろあります。そういうモヤモヤした新しい端末+ネット+ソーシャルの最小公倍数、それがスマートだというわけです。


ただ、基本論調は「黒船来港」。アメリカからGoogleTVやAppleTV、HuluやNetflixがやってくるぞーっ、電子書籍の次の波だぞーっ、というあおり感。

でもぼくは、逆だと見てるんです。これはチャンスだぞ、と。アメリカとは違う、日本の強み、特性を活かせるんじゃないか、と。それは、1.メディア環境、2.ユーザ力、3.産業構造の3ポイントです。
 
1. メディア環境

日本は通信・放送融合ネットワークが完成しました。地デジが整備され、世界最高水準のブロードバンド網が全国整備されています。それを柔軟に使うための法制度:融合法制も昨年、施行されました。環境的には最高です。スマートテレビは、マルチデバイスと広帯域ネットワークとソーシャルサービスの組み合わせですが、日本にはそれが十分にあります。

50年普及したテレビ、15年普及したPCとケータイ、これに次ぐ第4のメディアが一斉に普及していることは繰り返し述べていますが、スマテレもその一つ。マルチスクリーンは、テレビから辿ってテレビに戻る一種の回帰現象と言ってもいいでしょう。

なお、地デジ論議が高まった20年ほど前には、そのメリットは高画質=キレイにあり、楽しく便利にする、つまりデジタル+コンピュータ化するメリットは後ろに隠されていました。旧来のテレビなる機械をPCに変身させることがアメリカのデジタル放送の目論見だったので、実は高画質などどうでもよかったのですが、日本はその意図をごまかしつつ進めようとしたので、いざ地デジが完成し、毛穴まで見られるようになっても、白黒がカラーに転換したほどの効用を視聴者に与えられずにいるのです。白黒→カラーは質的変化ですが、高精細は量的拡充ですから。

そこでアメリカの目論んだテレビ→PCが地デジ整備とともに正体を現した、それがスマテレ。いわば50年間進化しなかったテレビがやっと変身するぞ、という号砲ですな。

2. ユーザ力

その号砲は、テレビ受像器が受けるんじゃない。ソーシャルサービスを介したユーザ側が受けて、変身させるんです。参加するテレビ、それがスマテレの胆でしょう。

元来テレビはコミュニケーションの手段でした。茶の間にうやうやしく鎮座したテレビの周りで家族が時空間を共有する。それが1人一台になって、家庭コミュニティとコミュニケーションが分散した。それを今度はバーチャルなコミュニティーで結び直す。それがスマテレの意図するものでしょう。

となると、視聴者、いや、ユーザのコミュニケーション力がスマテレの質を規定します。その点で、日本は負けません。

昨年12月9日、「天空の城ラピュタ」の滅びの呪文「バルス」が、秒間ツイート数2万5088件に達し、世界記録を樹立しました。それまでの記録はビヨンセの妊娠発表の8868件だというから圧倒的な記録です。東日本大震災時でも5530ツイート/秒。

テレビの番組、それもアニメの再放送をみんなで見ながら、つながり感を共有して、「バルス!」それが圧倒的な世界記録。どうですか。このテレビ+ソーシャル度。外国に真似ができるとは思えません。

2月13日、ぼくが理事長となって「ニューメディアリスク協会」を設立しました。ソーシャルメディア上の炎上対策のための社団法人です。日本は炎上大国と言ってもよいほど問題が発生するのですが、これもユーザの発信・共有力の現れでもあります。

テレビ、PC、ケータイの3スクリーンを同時につかいこなす若者が大勢いる。世界のブログで使われている言葉を総計すると日本語が英語を抑えてトップ。そうした若い世代のネット利用力はスマテレの発展を下支えするはずです。

3 産業構造

日米のテレビ産業には大きな差があります。

アメリカはプレイヤーが多様。スマテレを巡る動きをみても、放送局がHuluを仕掛ける一方、タイムワーナーやコムキャスト、DirecTVなどケーブルや衛星も力を入れています。AT&TやVerizonなどの通信系もIPTVでアピール。そして何より、Google、Apple、マイクロソフトなどIT系、コンピュータ系が全体を引っ張っています。逆に言えば、放送局はそれほど存在感がありません。これは制作・伝送分離など過去の政策による帰結でもあります。

日本のテレビは放送局が中心です。電波もコンテンツも握っています。放送局に対する規制は緩く、新聞社と結びついた政治力もあります。スマテレの立ち上げを促すのであれば、この状況を「活かす」のが近道とも言えるでしょう。逆にアメリカ型の構図を持ち込もうとしても順調には進みますまい。

ただ、20年前に通信・放送融合の論議が始まった際もぼくは同じことを政府内で話していました。日本はコンテンツ力が放送局に集中しているので、それと高度な通信網を組み合わせれば世界に先んじてサービス展開ができる、国益にかなう、だから放送局から攻勢をかけましょうというもの。全く受け容れられませんでした。

当時、アメリカでの融合議論は放送=CATVと通信のネットワーク競争環境整備が中心で、放送局やハリウッドを巻き込んだ話ではなかった。だから日本にはチャンスだったのです。でもそれを20年間逃し、GoogleやAppleがネットで攻めてきてようやく本腰を入れるようになった。スマテレは、先んじたい。

融合メディア環境を活かし、ユーザのコミュニケーション力を発揮させ、放送局が力を入れてサービスを開発する。これがスマートテレビへの日本型アプローチでしょう。それはGoogleTVやAppleTVが提案するスタイルとも異なる、日本の強みを発揮した独自のサービスであり得る。チャンスを活かせるかどうかが問われる場面です。

編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2012年3月28日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。

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