「総合戦略」というよりは「総花戦略」の経団連レポート

大西 宏

経団連の研究機関の21世紀政策研究所が発表した2050年までの「シミュレーションと総合戦略」は、効果的な成長戦略を実施しなければ先進国からも脱落するという警鐘としては意味があるとしても、「総合戦略」というよりは、あれもこれもの「総花戦略」となってしまい、いったいなにが本当の課題かが見えてこないものになってしまっています。
ニューズウィーク日本語版のコラムで、冷泉彰彦氏が「このレポートを読んで怒りを抑えることができなくなりました」と内容への不満をあらわにしておられますが、経団連という組織の終わりの始まりというのは言い過ぎとしても、リーダー不在のままの寄り合い所帯という現状の限界を示すレポートなのかも知れません。
経団連レポート・日本の財界は革新を拒否して成長を放棄するのか? ニューズウィーク日本版


冷泉氏が、「グローバルJAPAN 2050年シミュレーションと総合戦略」は何とも不思議な内容なので、日本経団連のサイトからダウンロードして、是非とも議論の材料にしていただきたいと書かれておられたので目を通してみたのですが、資料としては値打ちがあると感じました。しかし、「総合戦略」というよりは、課題が並べられ、無難な対応策が書かれ、どの課題に集中し、具体的な解決を目指していくかのシナリオの抜けた解説書にすぎないという印象を受けます。
グローバルJAPAN | 21世紀政策研究所 :

膨大なリサーチを重ね、シミュレーションを行った作業そのものは評価したいと思います。このまま「失われた20年」が継続してしまうことは、2050年には、GDPはブラジルにも抜かれ世界第5位となり、また一人当たりGDPは世界第21位へ転落し、日本は成熟した小さな国になってしまいます。また財政の悪化でさらに経済成長が下振れすると、マイナス成長が続き、GDPは2050年には世界第9位で世界のトップグループからは完全に離脱し、一人当たりGDPも世界第28位に転落してしまう貧乏な成熟国になってしまうというものです。
日本が健全な将来を迎えるためには、「失われた20年」から脱却して生産性にをあげていくこと、財政の悪化を避けること、またそれに加えて女性や高齢者の労働力を生かしていくことが必須だというシミュレーション結果となっています。
こういう書き方をすると、また「自虐」的な見方だ、日本にはもっと潜在力があるという脳天気
なコメントが来そうですが、現実を直視しないことは、「失われた20年」をさらに延長していくだけのことです。

ただ、GDPという経済規模では、途上国、とくに人口を多く抱えたBRICS諸国は、急速な工業化と情報化が進んできており、当然生産性も飛躍的に向上することから、GDPも伸びてくることは当然で、経済規模では中国が日本を抜いたように、インドも、またブラジルも、ロシアも日本に近づきまた追い抜くことがあっても自然なことで、これまでのさまざまな予測でも示されていたことです。

しかし、経済規模がすべてではありません。経済の世界を動かす鍵は、もはや規模からスピードへと移り、またビジネスの焦点も、たんに製品を生産し、供給する仕組みをどう高度化し、高い付加価値を創造していくのかに移ってきています。発想の転換が必要なのです。

またそうすることが生産性を高め、先進国が国際競争力を維持向上し、グローバルな経済や社会での役割を果たしていく唯一の道だと思いますが、それには、産業のあり方そのもの、また日本の産業構造も変えて行かなければ実現できるものではありません。
つまり発想や価値観の転換が求められていること、また技術やビジネスの仕組みのイノベーションによって世界を質的にリードすることをが成長戦略の要になってくると思いますが、残念ながら、冷泉氏も感じられたように、このレポートの「総合戦略」が残念なものになっているのは、その匂い、またそれにむけた姿勢や、意気込みもまったく感じられないことです。

さらにアジアの市場、とくに中国市場に対しては楽観的で、その市場へのコミットを強化していくことが強調されていますが、冷泉氏も指摘されているように、中国がより開かれた国にならなければ、やがて頭打ちとなるリスクが高いこと、それにどう日本が取り組むのかの提言もありません。

作業としては立派でも、提言の核となるビジョンや考え方となると曖昧で、各論のなかで、こうあるべきということを並べただけのものとなってしまっているのですが、なぜそうなってしまったのか原因を想像したくなります。

ひとつは、膨大な作業に終われ、エッジの効いた提言をまとめる余裕がなかったか、この研究所自体が、戦略を組み立てる能力を持っていないかです。
それに、そもそも経団連のなかには、企業規模は大きくともすでに成長のパワーを失った会員企業も含まれていて、そういった企業に退出しろとは言えないとう配慮があったのでしょうか。
またずいぶん多くの企業や識者へのヒアリングを重ねています。普通の企業のなかでもよくあることですが、多くの意見を聞き、調整していていくうちに、次第に提言の内容も角が取れ、やがて魂まで失ってしまい、課題を並べただけになったとも考えられます。
現在焦点になっているエネルギー政策に関しても、いまだに東電が有力会員に名を連ねているために、差し障りのないものになってしまっています。

それにしてもスペシャルアドバイザーとして、巨額の赤字に苦しんでいるパナソニックの中村会長は名を連ねていることはまだしも、東電の清水社長の名が入っていることは、理解に苦しむところです。またヒアリング先の企業名をつらつらと眺めていて感じたのは、高い成長力を持っている企業、新しい市場創造に積極的にチャレンジしている企業、際立った収益力を持っている企業の少なさには驚かされます。

このレポートの限界の裏には、経団連の会員企業の構成に問題があり、経団連そのものがイノベーション促進への取り組みに積極的でなく、またそれをリードする人材もいないことがあるのではないかと感じてしまいます。

もっと焦点を地方主権化による経済活動の自由度を高めることに絞ってもよかったでしょうし、このレポートでも触れられていた、たんなるモノづくり日本からの進化に絞ってもよかったのです。なにを優先するのか、なにを戦略の中核に置くのかのない戦略は「総花」でしかありません。

やはり護送船団方式で成長し、なにがなんでもオールジャパンでないとという価値観が、発想転換の壁になっているのかもしれません。いずれにしても、今後の日本がどうあるべきかの中核となるコンセプトやダイナミックな成長戦略を描き出せない経団連は、もう役割を終えているのでしょう。

ただ、今回のレポートは、現状を維持していけば日本がどのようになるのかを示し、また政策の各論を当たり差し障りのなく解説していると思いますので、そこにどのような視点、どのような魂を入れるかは、見る人次第で、タタキ台としては価値のある資料だと思いました。