「財政破綻」という「もう一つの茹で蛙」の恐怖

2012年05月02日 21:08

「リスクや対立を恐れて色々な問題を後送りにする習性」から生じる「日本の産業の緩慢な国際競争力の低下」は、「まだ飛び出すまでもない」とタカを括っているうちに完全に茹で上がってしまう「茹で蛙」に例えられてきた。しかし、産業には多くの分野があり、色々な会社があるので、これで日本全体が一気に駄目になるという恐怖はなかった。

しかし、「財政破綻―金融恐慌」は、実は「もう一つの茹で蛙」ではないかという心配が、最近は徐々に芽生えてきた。こちらの方はもっと早く茹で上がり、しかも国民全体を一気に悲惨な状況に突き落とす恐れがある。


私は、仕事柄、外国の経済人(主として投資家)と話す機会が多いが、そのほぼ全員が、「高レベルの技術力の蓄積」「緻密で誠実な労働力」「無視できないレベルの購買力」について日本に高い評価を与えながらも、主として「タイムリーな手が何も打てない政治の無力」や「株主の期待に応える戦略的ビジョンを持った経営者の不在」を理由に、全体としては日本への投資にはあまり積極的になれていないようだ。

世界でずば抜けて高い国債の発行残高については、現状ではその殆どが日本の金融機関によって消化されている為、自分達の問題としては殆ど考えていないが、これについての「日本人の危機感の欠如」については、心底驚いており、私が現下の日本の政治情勢を説明し、「消費税増税の実現はなお不透明」と説明すると、「成程、それが日本の政治の実態なのか」と、一様に複雑な表情を浮かべる。そして、その表情の奥には、「やはり日本への投資は軽々には拡大出来ないなあ」という思いが、残念ながら透けて見える。

勿論、「消費税の増税」が日本の経済問題の全てを解決するわけではない。いや、むしろ、現状のような停滞した経済状況下では、「下支え」程度の効果しかないかもしれない。しかし、少なくとも、ここ数年間続いた「財政赤字(新たな借金)が税収を上回るというような異常事態」の流れは変えられるだろう。しかも、これは、政治家が「ある程度の不人気」を覚悟の上で決断すれば出来ることであり、「企業経営者の投資意欲を刺激して経済を自律回復させ、それがもたらす税収の自然増加に期待する」といった「本流の施策」のように時間がかかるものではない。

「高率の消費税」は既に多くの国で実施されており、日本の様な低率はむしろ例外的だから、「とんでもない副作用を引き起こす」というリスクも殆どない。多くの人達が1997年4月の消費税率の小幅引き上げの後の景気悪化を例にとって、「消費税増税は景気を更に悪くし、結果として税収を減らす」と考えている様だが、これは統計資料を丁寧に読み込んでいない事から来る単純な誤解だ。先ず、1997年度の4-6月期は、1-3月期の駆け込み需要に対する反動だし、その後には、夏のアジア経済危機、11月の北海道拓殖銀行、三洋証券、山一證券の破綻によって生じた金融逼迫によるものであって、消費税増税とは全く異なる要因が働いたものだ。

消費税の増加が、或る程度消費を抑制する事は否めないだろう。しかし、現在の様に「デフレ下で物価が下がっているにもかかわらず消費が増えない」のは、「一般消費者の給与収入等が増えていない」事以上に、「将来の財政破綻や社会保障の存続が不能になる懸念から、一般消費者が消費を抑えて貯蓄している」故だ。家計貯蓄率はここ数十年間ずっと低下してきてはいるが、これは収入のない高齢者が増えた為で、このファクターを調整した後の貯蓄率はずっと20%近くで変動がなく、ここ10年間はむしろ増加傾向にある。

従って、消費者心理を貯蓄から消費に向かわせる為には、「政府が財政破綻の回避と社会保障の存続の道筋を明確に示す」事こそが最も重要であり、「消費税増税」は「その為の重要な施策の一つ」である事を、為政者は国民に対して広く丁寧に説明する必要がある。(山口巌さんも5月1日付けの5月1日付けのアゴラの記事で指摘しておられように、野田総理は「不退転」とか「政治生命を賭ける」というような精神論だけでなく、数字やグラフを使って、自らの主張の正当性を選挙民に丁寧に説明するべきだ。)

国民の大方にすれば、「それ以前にやるべきことがもっとあるだろう。そっちが先決だ」と言うのは当然だ。しかし、我々は十年一日の如くこういう議論をして問題を先送りにしてきた事を忘れてはならない。この期に及んでもなお「こっちが先でそっちは後」等という議論をしていたら、時間はどんどん経ってしまい、蛙は完全に茹で上がってしまうだろう。

(長期にわたる自民党政権時代は勿論、民主党政権になってからも、この問題が為政者の頭を悩ませなかった時はないだろうが、「少しずつ状況が悪くなる」という程度の認識だったので、怠慢な蛙達はいつまでも「茹で釜」から飛び出さなかったのだ。)

残念ながら、もはや我々は完全に追い込まれた。どんなに外が寒かろうと、蛙は心地よい「茹で釜」から飛び出すしかない。5月1日付の小黒一正先生(一橋大)のアゴラ記事にもあるように、高齢化により社会保障費が現状通り年率1兆円以上の規模で増加すると、10年間で13兆円の積み増しになる上に、仮に現在の低金利が今後10年間続いたとしても、10年間で8兆円の追加利払いが発生するので、10年後の国債残高は、44兆円+13兆円+8兆円の65兆円まで膨らみ、もはや手が付けられなくなる。

いや、10年後の事を心配している暇はないだろう。今のまま全てを後送りにしていたら、恐らく4-5年のうちに我々は茹で上がってしまっているだろうからだ。原発の稼動停止で化石燃料の輸入は増大し、経常収支でも赤字が定着しつつある現状では、国債の大部分を国内で消化する事は次第に不可能になっていくだろうから、日本国債は次第に海外投資家の厳しい評価に晒されていく事になる。一方、金融不安と電力供給不安を抱えた各企業は更に投資に慎重になり、海外への資本逃避も加速するだろうから、税収は益々落ち込み、失業者が街にあふれるだろう。

そういう状況下では、国債暴落のリスクに怯える銀行は、当然引き受け残高を減らす方向に動くだろう。そうなると、国債の利回りは更に急激に上昇、利払いの更なる増大により国債暴落のリスクも更に増大する。この状況が放置されれば、幾つかの銀行が耐え切れずに破綻し、取り付け騒ぎが起こり、年金生活者は最低生活を送る事さえおぼつかなくなるだろう。まさに地獄のスパイラルだ。

この恐ろしさを考えてきたが故に、私は「不退転で消費税増税をやる」と言い続けてきた野田政権を、それなりに一貫して支持してきたわけだが、それでは、野田総理がその為に十分な事をしてきたかと言えば、残念ながら、その点では全く評価出来ない。

先ず、増税と同時に同時に行わねばならない「歳出の削減」を、「すぐにやるもの」と「数年以内に結果を出す為にすぐに着手するもの」の二つに分けて、明確且つ詳細に国民に示すべきだった。これについても「不退転」である事を示さなければ、国民は「野田政権は政治家にとって安易な増税だけを考えている(要するに増税がやりたいだけなのだ)」と思ってしまうのではないだろうか? 

特に、自らの身を切る「議員定員数の削減」は、象徴的な意味を持っているのだから、あらゆる障害を乗り越えて「不退転」でやらなければならないのは当然だ。

高齢化によって毎年1兆円ずつ増加して、その分だけ毎年国債を膨らませ続けてきたのに、なお多くの人達の不信感を払拭出来ず、「消費低迷の原因の一つ」にもなっている現行の「社会保障制度」も、すぐにでも抜本的に改革せねばならない。

現在の制度では世代間に不公正が生じるので、これが若年層に深刻な不信感を与え、国民に団結を求める上でかなり深刻な事態になっている事も忘れてはならない。民主党にとっては自らの支持基盤の期待を裏切る事になるのだから、身を削る以上に辛いことではあろうが、「不退転」で増税をやるのなら、これも「不退転」でやるのでなければ筋が通らない。

もう一つ、野田政権がサボってきたのは、「何故増税が必要か」、言い換えれば「何故代替案ではうまく行かないのか」を、分かり易く丁寧に国民に説明する努力だ。

今なお「日銀がもっとお金を刷って市場にばら撒けば、デフレは解消、景気は回復して税収が増え、増税などしなくても財政破綻は回避できる」と言っている政治家(本当にそう信じているかどうかは別として)は多いし、それをそのまま信じている国民も多い。実際にはこれは幻想に過ぎないわけだが、その事を統計数字とマクロ経済理論によってきちんと説明しなければ、幻想は何時までも終息しない。

このような考えは、何も今に始まった事ではなく、ずっと以前からある。1998年に発表されたクルーグマン理論がその発端で、押しなべて「リフレ論」と呼ばれている。日本では確か自民党の中川秀直さんが誰よりも早くその考えに注目されたと記憶する。(当時の私は中川秀直さんに期待するところがあったので、世に言う「リフレ論」も自分で一応は勉強してみた。)

リフレ(reflation)という言葉自体は、「デフレ状態が解消していく状況下の経済」を意味する言葉だが、「リフレ論」と言えば、「デフレによって停滞している経済を改善する為に、適正なインフレ率を中央銀行が明示し、その状態への回帰を促す金融政策」を意味する。

勿論、これは至極真っ当な政策論で、多かれ少なかれ多くの国で実行されている。実は、これに強く反対していると一般に見られている日銀も、ずっと以前から「中長期的な物価安定の『理解』として、2%以下のプラス領域で、中心は1%」と明言してきているのだ。(「『理解』等というあいまいな表現をするから理解されないのだ」という批判があり、最近は「目標」に近い「目途」という言葉に言い直したが、内容が別に変わったものではない。)

にも関わらず、現時点で私が何故一口に「リフレ派」と呼ばれている人達を難詰したいかと言えば、彼等が「苦い薬(増税)を飲まなくても、甘い薬(リフレ)で病気は治る」という「非現実的でリスクの高い」幻想を、無責任に振りまいているからだ。

「そんな良い方法があるのに、頑迷な日銀がそれを阻んでいる(日銀悪玉論)」という一部の政治家の選挙目当ての扇動に乗る人達も当然いるだろうが、実際にはそんなに上手い話があるわけはなく、もし本当にあるのなら日銀がそれを握りつぶす理由もない。こんな事は、誰かがきちんとした説明をすれば、一般国民はすぐに理解出来る筈だ。

「リフレ派」と呼ばれる人達は、基本的に「デフレ」イコール「不況」と考え、「金融が緩和されれば、企業が大いに投資し、これにより雇用も増えるから『好況』になる」と考えている様だが、残念ながらそうはならない事が既に過去の事象にも現れている。

先ず、「デフレ」の定義は「継続的な一般物価の下落」であり、GDPや失業率といった景気指標とは関係がない。次に、現在実際に起こっている平均物価の緩やかな下落は、主として発展途上国の工業化による大量生産型の工業製品の価格の急速な下落によるもので、食料品の価格などはむしろ上がっており、この実態から見ても、国内の資金需給とは全く関係がないものである事が分かる。

次に、ここ十数年にわたり、金利はこれ以上低く出来ないほど低く、リーマンショック以後の一時期等を除いては、一般に資金供給は潤沢だったにも関わらず、民間企業の投資意欲が一向に高まらなかったのは何故だろうか? それは、明らかに資金不足故ではなく、一般的な工業品の急速な国際競争力低下を埋め合わすに足るだけの「新製品」(国際競争力のあるスマホ等)や「新サービス」が見出せなかったからだ。

だから、日銀が幾ら1%のインフレ率を「理解」という言葉で口にしても、市中銀行が幾ら貸出リスクに寛容になっても、そう簡単にこの状況は変わらず、従って、好況も、適度のインフレも、雇用の増大も、給与水準の上昇も、起こるべくもなかったのだ。日本経済が直面している問題は、この様に、「世界的な産業構造の転換期に対する日本人の対応力不足」から来ているものであり、「金融政策」程度で安直に解決できるものではない。

民主党の中には「デフレを脱却しない限りは増税をしないと明言しろ」と言って執行部を突き上げている人達が居るという。これは、つまりは、「デフレを脱却できないのなら、財政破綻を受け入れよ」と言っているに等しいのだが、前述の通り、実際には「産業構造を転換しない限り現在のデフレ状態からの脱却は難しい」のであり、現時点では残念ながらその具体策を持っている人はどこにも居ないのだから、どうしようもない。

それだけならよいが、この様なデフレとインフレについての基本的な誤解は、国の将来にとんでもないリスクを呼び込む恐れもある。もしもどこかの誰かがトチ狂って、高率のインフレ目標を遮二無二実現しようとしたらどうなるだろうか?

東大の大瀧雅之先生は、常日頃から「インフレは同率の消費税よりも消費者にとってマイナスの影響が大きい」と言っておられる。大瀧先生によれば、2009年の日本人の名目消費支出は280兆円だが、家計の保有する金融資産はその5倍に近い1300兆円にも及ぶので、これがインフレによって目減りしたら、消費税の増税が5倍の規模になったのと同じ事になるというわけだ。

しかも、人工的で急速なインフレは、企業経営者を勇気付けるどころか、むしろ不安がらせるだろうから、結果として、期待したような新規投資も、雇用増大も、給与の増額も起こらないだろう。つまり、一般国民は踏んだり蹴ったりの目に会うという事だ。

いや、これは別にトチ狂うというレベルのものではないのかもしれない。「日本には『巨大な国の債務』と『巨大な貯蓄』があるのだから、紙幣をどんどん刷ってインフレを起こせば、これまで営々として貯蓄をしてきた人達は呆然として嘆き悲しむだろうが、それだけの事で、飢え死にはしないだろうし、一方、国の債務はあっという間に実質的に減るのだから、目出度し目出度しではないか」と平気で言う人が世の中には沢山いるし、驚くべき事に、政治家の中にさえそういう人はいるのだ。

こういう人達は、自分達の毎日の生活が、現行の金融システムと産業システムの精緻な基盤の上に成り立っているという事実を考えた事もないようだが、そのメカニズムを理解したら、これを乱暴に破壊する事がどんなに大きな災厄を人々にもたらすかを理解するだろう。

経済学者は「価値観」や「戦略」についての自説を開陳する前に、先ずは正確な統計資料を万人に示し、そこからどのような「意味」と「将来の見通し」が読み取れるかを、平易に解説する事から始めるべきだ。経済学者は、今は先ず、自ら進んで「茹で釜」から飛び出し、人々に同じ様にする事を促すべきだ。

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