米国に学ぶ違法ダウンロード刑事罰導入阻止策

城所 岩生

前回、違法ダウンロード刑事罰導入を阻止しようでは、連休で帰郷する議員に反対の意向を伝えようと呼びかけた。相手は民主党議員を想定していた。党としての方針決定を先送りしていたからである。しかし、5日付、朝日新聞によると自民、公明の両党は、議員立法による修正に応じなければ、政府提案の著作権法改正案の審議に応じないと政権に迫っているとのこと(8面「記者有論」欄)。そこで、今回は自民、公明両党の国会議員への呼びかけも提案するとともに、年初にハリウッドが75億円使ってロビー活動した著作権侵害サイト規制法案を、ネット市民の抗議で葬り去った米国の事例を紹介する。


今年1月18日にWikipediaの英語版の画面が真っ黒になり、丸1日サービスが停止(ブラックアウト)された。サイトには米下院に提案されたオンライン海賊行為防止法案(Stop Online Piracy Act:SOPA)、上院に提案された知的財産保護法案(Protect IP Act:PIPA)に反対する声明が表示された。Google, Facebook などネット大手もネット上での抗議を呼びかけた。SOPA、PIPAとも、著作権侵害行為を行っている米国外のサイトへのアクセスや送金を停止する権限を、司法省に付与する法案である。

著作権関連の新たな立法や既存の法律を解釈する裁判では、「ハリウッド対シリコンバレー」のカリフォルニアの南北戦争になることが多い。著作権保護強化を主張する南カリフォルニアのハリウッドと、著作権法が想定していなかった新技術が可能にする、便利な新サービスをユーザに提供しようとする、北カリフォルニアのシリコンバレーの攻防である。

今回も北カリフォルニアのネット企業は、SOPAが提案された翌月の2011年11月には、Google, Facebookなどネット大手9社が連名で、上下両院の司法委員長に反対の手紙を送付した。手紙の内容は主要紙にも全面広告で掲載された。中国などが使用している技法を用いて米政府にウェブを検閲する権限を与える法案だと批判した。

ホワイトハウスも1月14日に「外国のウェブサイトによるオンライン海賊行為は、立法措置を必要とする重大な問題であるが、表現の自由を損ない、インターネットのセキュリティリスクを高め、ダイナミックで革新的なグローバルインターネットの活力をそぐような法案は支持しない」との声明を発表した。

しかし、今回「ハリウッド対シリコンバレー」の綱引きの均衡を破ったのが、ネット企業の呼びかけに応じたネット市民の抗議だった。Wikipediaの黒塗りサイトは1億6千万人以上が閲覧した。3000本の抗議電話を受けた上院議員もいた(英ガーディアン紙)。抗議を受けて、それまで法案を支持していた議員が次々と支持を取り下げた。このため、ブラックアウト2日後の1月20日、上院は24日に予定していたPIPAの採決を延期した。まだSOPAを審議中だった下院も審議の延期を発表した。

今回の両法案をめぐる攻防も、ネット企業が抗議運動の音頭を取ったので、発端はいつものカリフォルニアの南北戦争の再現だった。しかし、抗議運動に加わったネット市民が議員を動かして、両法案を棚上げにした帰結から見ると、「ハリウッド対ネット市民」の戦いだったといってよい。これまでハリウッドは、豊富な資金力にモノを言わせて提案した法案をほとんど通してきた。昨年も両法案を通すためのロビー活動に9400万ドル(75億円)使った(米ナショナルレビュー誌)。しかし、議員はカネも欲しいが票も欲しい。ネット市民を敵に回して多数の票を失うようなことは避けたい。ネット市民の票数がハリウッドの資金力を凌駕したわけである。

上記の朝日記事によれば、自民、公明の両党は修正案を受け入れることを審議入りの条件としている。修正案を採択したこと自体問題だが、それを受け入れないかぎり審議にすら応じないとする両党のかたくなな姿勢も問題である。政府が提案した著作権法改正案はもともと昨年の通常国会に提案する予定だったが、東日本大震災で先送りされた。政府としては今年の通常国会で何としても成立させたいはず。その弱み(?)につけこんで、修正案を受け入ることを審議に応じる取引条件にするのもいかがなものか? 政治に駆け引きはつきものだが、表現の自由など憲法上の権利も制約しかねない重大な修正である。慎重な配慮を期待してやまない。

SOPAを提案したラマー・スミス議員(共和党、テキサス州選出)は、下院司法委員長を務める議員暦25年のベテラン議員だが、今秋の上下両院議員選(大統領選と同時)での当選が危ぶまれている。政敵にネガティブ・キャンペーンの格好の標的を提供してしまったからである。日本のネットユーザもネット市民の権利を奪うような立法に賛成する議員には、次回選挙で投票しないというメッセージを送るべきである。