消費税をめぐる論争では、「増税で景気が悪くなる」という前提が双方にあるようだが、それは本当だろうか。まず1997年の橋本内閣の増税については、増税反対派の江田憲司氏も言うように「不況突入の原因は消費増税ではない」。
藤井聡氏のいう「デフレギャップがデフレの原因だ」という説も誤りだ。けさの日経新聞も書いているように、GDPギャップは図のように日本よりアメリカのほうが大きいが、日本はデフレでアメリカはインフレだ。
では、なぜ日本だけがデフレになるのだろうか。その原因にはサービス価格や交易条件などもあるが、大きな要因は個人消費の低迷だ。その最大の原因は賃金の減少だが、この記事が「日本の家計はデフレが続くと予想する向きが多いため、賃金の下落を恐れて消費意欲が高まらない」と書いているのは誤りである。
デフレで賃金が下がっても、一般物価も下がるので消費支出には中立だ。事実、日本の名目賃金はこの15年間で11%下がったが、これは物価下落に見合うので、実質賃金はほぼ同じだ。問題はこの名目賃金低下の中身である。2000年代に非正社員の比率が25%から35%に増えたことが平均賃金の下がった原因で、正社員との賃金格差も拡大し、生涯賃金の格差が拡大した。
上の図はみずほ総研のデータだが、正社員とパートで生涯賃金に3倍以上の格差がついている。このため老後への不安も増し、1990年のアンケート調査では「老後に非常に不安がある」と答えた人は10%程度だったが、最近の調査では50%近い。これが個人消費を抑制しているものと考えられる。
つまりデフレが不況の原因ではなく、その逆なのだ。不況のしわ寄せが非正社員に集中しているため、彼らの将来に対する不安が強まり、個人消費が減退して物価が下がる。これはミクロの不安心理なので、日銀が通貨をばらまくとか政府が公共事業で金をばらまくといったマクロ政策では解決できない。
この状況で国債を増発すると将来の負担増になるので、むしろ老後の不安がさらに大きくなるだろう。つまり日本経済は、不況→バラマキ財政→政府債務の増加→老後の不安→消費の抑制→不況・・・という不安スパイラルに陥っているものと思われる。デフレはその派生的な現象で、予想に織り込まれているので実質的な影響はほとんどない。
この不安心理を解消するために必要なのは、財政再建の見通しを明らかにして老後の不安を減らすことだ。このような非ケインズ効果は経験的にもよく知られており、日本では財政再建によって個人消費が回復して景気がよくなる可能性が高い。したがって消費税を増税したら景気が悪くなるというのは迷信で、長期的な成長の維持のためにも財政の健全化を急ぐべきだ。