逃亡する高橋克也容疑者のカスタネダとチベット死者の書 --- 島田 裕巳

2012年06月10日 14:59

オウム真理教の高橋克也容疑者は、10日朝の時点でも逃走中である。報道では、彼の部屋から防犯ビデオにかんする本が出てきて、いかに逃げ通すか周到な準備をしていたと伝えられているが、もう一つ、彼の部屋から発見されたものがあった。これについては一部でしか報道されていないが、彼のこころのうちを考えるには重要な資料になりうるものである。

それは、精神世界に関連する数冊の書物である。具体的には、カルロス・カスタネダの『呪術の体験』、『夢見の技法』、そして『チベット死者の書』の解説書などである。私もまだ、どういった本を彼が持っていたのか、すべてを掌握しているわけではない。


カルロス・カスタネダは、ブラジル生まれの人類学者で、1968年に刊行された『呪術/ドン・ファンの教え』が、彼がいたアメリカだけではなく、世界的にヒットし、とくに当時勢いをもっていたカウンター・カルチャーの運動に多大な影響を与えた。日本では、カスタネダのことについては、最初に哲学者の鶴見俊輔氏が紹介し、社会学者の見田宗介氏(真木悠介の名で)、宗教学者の中沢新一氏がその著作で取り上げ、高く評価したことから広く知られるようになった。

カスタネダは、オルダス・ハックスリーがLSD体験を記した『知覚の扉』を読んで幻覚性植物への関心をもつようになり、UCLAの人類学の学生として行ったフィールド・ワークのなかで、メキシコのヤキ族の呪術師で、カスタネダがドン・ファンと呼ぶ人物と出会い、そのもとで修行を行うようになる。ドン・ファンは、幻覚性植物などを用いることによって、カスタネダをさまざまな神秘体験に導いていく。

カスタネダは、ドン・ファンが姿を消してしまった後には、ドン・ファンの弟子たちを率いて自らがその代わりになっていく。カスタネダの体験が途方もないものであることもあり、ドン・ファンが果たして実在するのかどうかについては最初から疑問視されている。ただ、ドン・ファンの説く教えにかんしては、内容的に深いものがあり、カスタネダの創作であったとしても、とくに最初の3冊は興味深く読める(詳しくは拙著『カルロス・カスタネダ』ちくま学芸文庫を参照していただきたい)。

オウム真理教の麻原彰晃がカスタネダの著作を読んでいたという情報はないし、彼の著作や説法のなかでも、カスタネダにはふれていない。ただ、宗教的な指導者と弟子という関係は、麻原とオウム信者の場合も、ドン・ファンとカスタネダの場合も共通している。また、カスタネダの神秘体験はかなり強烈なものなので、オウムの信者であった高橋が関心を持つのは十分にあり得ることである。

一方、『チベット死者の書』の解説本となると、オウムとの関連はより強くなる。オウムはチベット密教に基盤をおいていたからだが、『チベット死者の書』では、死後において死者の魂がどのような世界を経巡っていくかが述べられている。それが、オウム真理教における修行と強い関連性を持っていることは否定できない。

逃亡中の高橋が、オウムの教団や麻原に対してどういった考えを持っているか、現状においてはまったく分からない。だが、彼が、精神世界や神秘体験について関心を持ち続けていることは間違いないであろう。あるいは1958年生まれという年齢からすると、20代に精神世界の運動に関心を持ち、そこからオウムに入信したのかもしれない。

では、これをもって、高橋は、依然として麻原に帰依しており、そのマインド・コントロールが解けていないと考えるべきなのだろうか。

難しいのは、オウムのマインド・コントロールと、このことばが広く使われるようになるきっかけとなった統一教会のマインド・コントロールとが、性格がかなり異なるという点である。

統一教会は、キリスト教系の新宗教であり、神、あるいは教団のなかで「真の父母」と呼ばれる文鮮明夫妻への信仰や、原罪を強調する教義が決定的に重要な意味を持っている。

それに対して、オウムの場合には、教義よりも修行による体験の方が重要であり、麻原の信者にとっての意味も、修行の方法を示してくれるグルということにある。

教義ならば、その矛盾を突くことで、マインド・コントロールを解くことができるかもしれないが、体験となると、それは難しい。しかも、オウムの神秘体験は、性的なエネルギーを基盤としており、快楽と結びつく面を持っている。一度それを経験した信者は、体験を否定することが難しい。

しかも、オウムの修行は瞑想が中心になっていて、教団から離れても、個人で実践が可能である。たとえ、逃亡中であっても、獄につながれていても、修行を続けることはできる。そこに、オウムから抜け出ることの難しさがある。

オウムの逃亡犯のうち、最初に出頭した平田信は、取調中に蓮華座を組んでいたと報じられた。彼は、麻原のことを途中で否定するようになったとも言われるが、あるいは逃亡中も瞑想修行を続けていたのかもしれない。

マインド・コントロールはこころの問題だが、オウムの修行による体験は、それを実践する人間の肉体に刻まれていく。そうしたオウムの世界の特徴を押さえなければ、逃亡犯と教団、あるいは麻原との関係を理解することは難しい。

菊地直子については、まだそうした面での情報は伝えられていない。それは、一つ興味深い点である。

島田 裕巳
宗教学者、文筆家
島田裕巳の「経堂日記」


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