東電国有化の罠 (ちくま新書 965)
著者:町田 徹
販売元:筑摩書房
(2012-06-05)
販売元:Amazon.co.jp
★★★★☆
世間は原発の再稼働で騒いでいるが、最優先の課題は原発事故の被災地復興である。特に避難を強いられた11万人を帰宅させ、その生活を正常化する作業が重要だ。ところが万事スローモーションの野田政権は、東電を「国有化」しただけで、賠償も除染も全体計画さえ出ていない。この原因は、著者も指摘するように、経営の破綻した東電を生かしたまま賠償させる不可能なスキームに政府がこだわっているからだ。
昨年5月の段階で東電の資本剰余金・利益剰余金は2兆5100億円、使用済核燃料再処理などの引当金が1兆7600億円あり、東電を法的整理してこれを取り崩せば、政府の推定する5兆円の賠償の大部分はまかなえる。さらに長期債務が5兆円、社債が4兆5000億円もあり、債権を一部カットすれば、料金値上げや税金投入なしで賠償は十分可能である。
それなのに賠償支援機構という奇妙な制度をつくり、責任が東電にあるのか国にあるのかわからない無責任体制にした犯人は、東電のメーンバンクである三井住友銀行の意を受けて財務省の仕掛けた銀行救済策だ、と本書は指摘する。法的整理すると、長期債務の大幅カットは避けられないからだ。このあたりの見立ては大鹿靖明氏とあまり違わないが、事故調でも明らかにしてほしいものだ。
本書のスクープは、この法案に内閣法制局が反対していたという事実だ。その理由は、事故に責任のない他の電力会社に賠償を分担させるのは財産権の侵害だというものだ。政府の説明では、負担金は「保険料」だということになっているが、事故が起きてから払う保険料などというものはない。これは当ブログでも賠償スキームが出たとき批判したが、結局うやむやのまま「奉加帳方式」の法律が成立した。法制局が違憲だと認めたのだから、他の電力会社が違憲訴訟を起こせば、確実に勝てる。
もっと深刻なのは、今の無責任体制を続けていると、そのうち賠償や廃炉や除染にかかるコストが10兆円以上にふくらんで、現在のスキームで手に負えなくなることだ。これを電気代に転嫁すると数十%の大幅な値上げになり、税金を投入すると財政破綻の原因ともなりかねない。原発を止めて何兆円も浪費している場合ではないのだ。
本書は、よくある「正義の味方」を気取った東電告発ものではなく、政官財の談合でゆがめられた東電国有化の内幕を一次情報に即して明らかにしたものだ。著者も含めて多くの専門家が指摘するように、今からでも遅くないから東電を会社更生法で整理し、法にもとづいて事故処理を進めないと、そのうち処理は行き詰まり、国民負担が莫大な規模になる。